人工知能による自動化時代に専門職はどうなる? 〜弁護士の未来をめぐる最新AI事情

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はじめに

テクノロジーの急速な発展により、人工知能が近い将来社会に与えうるインパクトは、無視できないものになってきています。人工知能の世界的権威、レイ・カーツワイル氏の予測では、

2020年代後半には、人工知能が人間と区別のつかないレベルの知性を示し、さらに2045年には、より優秀な人工知能を自己創造できるようになり、シンギュラリティ(技術革新が未曽有の爆発的ペースで進展しはじめる転換期、技術的特異点)が到来すると見込まれています(注1)。

そして、シンギュラリティが近づいていくなか、人工知能がわれわれの仕事の多くを自動化・代替する可能性は、ほぼ確定とされています。

たとえばオックスフォード大学の人工知能研究者、カール・B・フレイ氏とマイケル・A・オズボーン氏は、2013年に、「雇用の未来―コンピュータ化で職はどこまで失われるか?―[The Future of Employment: How Susceptible Are Jobs to Computerization? ]」(注2)のなかで、700余の職業の自動化可能性を分析した結果、アメリカの雇用者の約半数の仕事が10年から20年後には自動化される見込みであると報告しています。

フレイ・オズボーン論文のなかでも特に反響があったのは、ルーティーンワークを中心とした職業のみならず、高度専門職までもが自動化可能となる、という予測です。

この論文ではそうした自動化リスクの高い専門職のひとつとして、弁護士アシスタントが挙げられていましたが、最近、弁護士職そのものはどうなるのか、という議論も起こっています。

本格的な自動化時代までの過渡期である今、目の前の仕事のありようがどう変化するか、そしてその変化にどう建設的に対応していくべきか、少しでもイメージしておくことが肝要になってきます。

今回は、専門職一般の未来を考えるひとつの材料として、海外のニュースや文献をふまえて、主にアメリカのリーガル業界で見られる法律業務自動化の動向、そして現時点で求められつつある弁護士のあり方に対する見解についてまとめます。

とまらない法律業務のコモディティ化 

弁護士の未来について考えるのに、ひとつの参考になるのが、法律とITの専門家、リチャード・サスキンド氏の『明日の弁護士―君たちの未来への序章― [Tomorrow’s Lawyers : An Introduction to Your Future ]』(2017年)(注3)です。

フレイ・オズボーン論文に比べるとあまり話題になっていませんが、サスキンド氏は、科学者の視点というよりは、あくまでも業界内部の法律家の視点から、若い弁護士や弁護士志望者、そしてこれからのリーガルビジネスに興味のある層に向けて、近い将来リーガル業界で起こりうる業務自動化のプロセスについて述べているのが興味深いところです。

サスキンド氏は、これからのリーガルマーケットの進化をけん引する要素として、社会のテクノロジー化のほかに、それに伴う人々の安価なサービスへの要求の過熱、および業界の自由化への動きの加速を指摘しています。

つまり、必要なリーガルサービスを高価な弁護士料を払わずに享受したいという消費者のニーズに耳を傾けることがまず大切となり、そのためには弁護士のみに独占されていた法律業務の一部を、広く社会にシェアすることが求められてくるというのです。

そしてこの方向性を端的に表す言葉が、「法律業務のコモディティ化」(一般商品化)です。

これまでのリーガルサービスでは、弁護士は、法の専門知識を駆使し、職人的に各々のクライアントのニーズに個別に対応し、解決するかたちをとってきました。

ところが、法律業務のコモディティ化が進めば、こうした作業がルーティーン化・高速処理され、弁護士の介在の必要なしに、安価かつ質の高い商品(コモディティ)として提供されていく可能性が出てきます。

サスキンド氏の解説によれば、法律業務のコモディティ化は、以下のように段階的に起きる現象です。

1.個別・職人型サービス(従来型)
     ▼
2.サービスの標準化
     ▼               
3.サービスのシステム化
     ▼
4.サービスの外在化
    オンライン化(有料)
    オンライン化(無料)
    コモンズ化(オープンソース化)

たとえば、ある雇用契約書の作成代行を弁護士に依頼する場合、従来の「個別・職人型」サービスでは、契約ひとつに対して一から書類が作成されるのが通常で、その業務をより効率化するにしても、先例に基づいたひな形やチェックリスト、あるいはマニュアルを利用するなど、プロセスを「標準化」する程度でした。

しかし人工知能をコアとする技術革新により、標準化されたサービスをさらに「システム化」することができます。

業務プロセスにかかるワークフローや文書作成自体を自動化したりすることで、さらなる効率化が実現していきます。

その次の段階が、サービスの「外在化」です。従来ならば弁護士が行なっていたプロセス自体をパッケージにして提供し、さらにオンライン化してしまえば、クライアントやその所属組織がこのプロセスを自分たちで遂行できます。

こうしたサービスは、有料化することも可能ですが、状況によっては無料提供、あるいはオープンソース化(コモンズ化)されたりする場合もあるということです。

今の先輩弁護士たちが行なっている業務がどの段階にあるにせよ、このようなリーガルサービスの進化の方向性を知っておくのが、次世代の弁護士にとって不可欠であるとサスキンド氏は示唆しています(注3)。

テック系エリート青年たちがリーガル業界の風雲児に


サスキンド氏の解説を裏書きするように、最近、テック・サヴィーな若者たちが、安価で効率的なリーガルテック(ITを駆使した法律関連サービスおよびシステム)事業を立ち上げ、成長させていく動きが目立ちます。

この動きは法律業務のコモディティ化が、すでに現実となってきていることを窺わせるものです。もっとも著名な例は、スタンフォード大学の学生でイギリス出身のジョシュア・ブラウダー氏が、2015年に開発した、無料の「ロボット弁護士」サービス DoNotPay(注4)です。

このサービスは、もともとは、不当な駐車禁止違反取締りに対する異議申し立てのサポートを行なうチャットボットアプリでした。事業の構想は、彼自身がこの問題の当事者として苦労した経験に端を発します。

ブラウダー氏は、18歳のときにロンドンで免許を取得後、駐禁違反のチケットを不当に連続して切られてしまい、多額の罰金を要求されます。

親には支払いを断られ、しかも、罰金を取り消すべく異議申し立てをするためには、高価な弁護士を雇うという手段しかありません。そこで、お金のなかったブラウダー氏は、なんとか自力で問題を解決しようと、大量の法律文書を調査し、得た知識をもとに地方政府への抗議文書を作成し、見事罰金の取り消しに成功します。

その後、このノウハウを生かして地域住民の罰金取り消しの手助けを続けていくなか、必要なプロセスをオンラインで自動化し、さらに多くの人たちが利用できるサービスとして開発することを思いつき、実行に移します。

ユーザーがチャットボットの簡単な質問に答えていくだけで、申し立ての妥当性の判断や、法律文書の自動作成が、ほんの数分でできるというこのサービスは、メディアで取り上げられたことも手伝って爆発的な人気を呼び、25万件の相談件数を記録し、うち16万件の駐禁罰金の取り消しに貢献しました(注5)。

DoNotPayは、最近ではIBMワトソンとも提携し、10以上の法律問題をカバーしています。今年3月からは、プロの弁護士の協力も得ながら、難民申請の書類を自動作成できるサービスを開始しました(注6)。

通常、特に言葉の壁のある難民にとって、この種の手続きに伴う法律用語でのやりとりは困難ですが、DoNotPayでは非常に簡単な英語を使用しており、またアラビア語などでのサービスも展開しています。

さらにこの夏には、事業を拡大し、数百ものボットを開発するために、エンジニアを増員しています。

ほかのリーガルサービス会社とも提携して事業スケールしていく予定とのことですが、それでも、ブラウダー氏は、あくまで無料でサービスを提供していく姿勢を貫くそうです。氏の目標は「普通の市民が富裕層と同じリーガルパワーをもつこと」であるといいます注7)。

また、今年6月、若手投資家・起業家のジャスティン・カン氏が、自身の本格的なリーガルテックスタートアップ、Atrium LTS立ち上げに向けて、1,050万ドル(約11億6,666万6,667円)を調達したと発表しました(注8)。

こちらはまだ、詳細が明らかにされていませんが、現在構築中の同社ホームページによれば、主に法律事務所や企業のリーガルサービス効率化を支援する事業のようです(注9)。

ブラウダー氏同様、カン氏も法の専門家としてではなく消費者の目線で事業を構想しています。

起業家や投資家として、さまざまな法律事務所とやりとするなかで、手続きにテクノロジーがまだ十分に使われていないことに不満をもったというカン氏は、従来の繰り返しの多い低価値のリーガルサービスを自動化し、スピーディーで、明確で、コスト予測精度の高いものにしていくことで、「リーガル業界の創造的破壊」をねらうとしています(注8)。

弁護士は人工知能との協業と起業家的努力を


このように、いわば部外者たちが業界を「破壊」する動きは、業界内部の専門家にとっては脅威かもしれません。しかし、法律業務のコモディディ化は、もちろん消費者のニーズだけではなく、従来の弁護士・法律事務所の側からの自発的要請にも後押しされています。

最近では、パッケージ商品化されたリーガルテックサービスを自らが利用することで、既存の仕事の効率化のみならず高度化をはかろうとする事務所が増えています。

たとえば、世界的に有名なDLA PiperやBakerHostetlerといった法律事務所では、膨大な判例や関連文書を、目的に沿って正確に分析・整理・抽出できる人工知能ソフトウェアを活用して、弁護士業務の質を飛躍的に向上させています(注10)。

こうした、弁護士と人工知能の協業は、当面の大きな流れとなりつつあるようです。ヴァンダービルト大学ロースクール教授のJ.B ラール氏は、ハリー・サーデン氏の論文「機械学習と法[Machine Learning and Law]」を参照しながら、これからの弁護士は、特に以下の分野で、人工知能との効果的な協業が可能であると説明しています。

・訴訟
・取引
・コンプライアンスなどの結果予測 
・高度な判例検索
・リスクマネジメント
・戦略策定
・最終判断
・法改正の検討
・リーガルトレンド分析

さらにこうした分野の業務の大半を人工知能にまかせることで、弁護士は同業者、仲間、クライアントとの良好な信頼関係の構築・強化といった、最も大切な部分に注力できるようになるとラール氏は主張しています(注11)。

前述のサスキンド氏は、弁護士と人工知能の協業時代は、少なくとも2020年代頃までは続き、その状況下では伝統的な弁護士職は限定的には存続すると考えています。

同時に、弁護士職とエンジニア、データサイエンティスト、マネジメント・コンサルタントなど、法律専門職と他業種のハイブリッド的な職種が生まれると予測しています。

そして、典型的な法律事務所や企業の法務部門への就職はより厳しくなるものの、リーガルノウハウ提供業者、リーガルテック企業、オンラインサービスプロバイダーなど、新たな雇用先が出現する可能性があるとしています。

しかし一方で、時代がもう少し先に進み、さらに人工知能が高度化すると、いわゆる法律専門職の存続は難しくなると、サスキンド氏は見込んでいます。

氏の見解では、その時代に備えて、弁護士に必要なのは、伝統的なリーガルマインドを大事にしながら、自らリーガルサービスを生み出す起業家的努力です(注3)。

新型弁護士に必要なスキルセットとは

こうした複雑なリーガル業界の動きに伴って、アメリカでは、弁護士に求められるスキルセットの見直しが起こっているようです。

ミシガン大学准教授のダニエル・M.カッツ氏は、今後は弁護士にもSTEM(科学・テクノロジー、エンジニアリング、数学)の知識が必須になってくると指摘しており、専門家の間では、世界的な工科大学であるMITにロースクールを設立する構想があると説明しています。

もし実現するとすれば、既存の法学の分野の修習に加え、テクノロジーや、リーガルサービスのデザインと提供、といった実践的トレーニングに力点をおくものとなるといいます(注12)。

また、オハイオ大学教授のカトリーナ・J・リー氏は、実際そうしたリーガル・イノベーションやテクノロジー重視のプログラムは増えており、現在20以上のロースクールが、リーガルサービスをソフトウェアで提供する仕方などを具体的に教えていると報告しています。

一方で、リー氏は、今後のリーガル教育では、先進的なテクノロジーの教育に結びつけたかたちで、マインドフルネス(瞑想などにより、今ここで起こっている経験に意識を向けるエクササイズ)の訓練を行うことが大切であると強調します。

リーガルニーズがますます複雑化し、法へのアクセスをより平等化するサービス開拓の必要性が高まる今の時代こそ、弁護士には、ユーザーに対する共感能力、クリエイティビティ、効率化能力など、人間力の向上が求められるようになるからです(注13)。

おわりに

日本において、既存の法科大学院や司法修習のプログラムが自動化時代への対応にどの程度敏感になっているかは定かではありません。しかし、国内の実業界では「法+テクノロジー+起業」の動きは静かに活況を呈しているように思えます。

AOSや弁護士ドットコムなど、人工知能を使ったリーガルサービスを提供する企業の活躍が目立つようになってきており、リーガルテックが少しずつ浸透しはじめています。

しかしその普及ペースはまだわかりません。ウィリアム・ギブソンがいうように、「未来はそこにあるが、まだ均等にいきわたっていない」(注14)状態であるようです。

業界によって仕事の自動化という「未来」が「均等にいきわたる」までのプロセスはさまざまかと思われますが、海外のリーガル業界の最前線で起きている具体的な動向を今のうちに理解しておくことは、どの分野に生きるビジネスパーソンにとっても無駄ではないでしょう。

参考文献・参照サイト

注1: Kurzweil, Raymond (Ray). The Singularity Is Near: When Humans Transcend Biology. New York: Penguin Books, 2006. [邦訳] レイ・カーツワイル著 井上健監訳 小野木明恵・野中香方子・福田実共訳『ポスト・ヒューマン誕生―コンピュータが人類の知性を超えるとき―』NHK出版、2007年;レイ・カーツワイル著『シンギュラリティは近い[エッセンス版]―人類が生命を超越するとき―』NHK出版、2016年。

注2: Frey, Carl B. and Michael A. Osborne. “The Future of Employment: How Susceptible Are Jobs to Computerization.” Oxford: The Oxford Martin Programme on Technology and Employment. Sep 13.  http://www.oxfordmartin.ox.ac.uk/downloads/academic/The_Future_of_Employment.pdf

注3: Susskind, R. Tomorrow’s Lawyers: An Introduction to Your Future. 2nd.ed.Oxford: Oxford University Press, 2017.

注4: DoNotPay: Get Free Legal Help in under 30 Seconds. DoNotPay, 2015. https://donotpay-search-master.herokuapp.com/

注5: “How Bots Can Make Life Better (Dennis Mortensen, Joshua Browder, Nicholas Thompson).” Youtube, uploaded by Digital-Life-Design (DLD) Conference, May 11, 2016. https://www.youtube.com/watch?v=UCSNrb-V51Y

注6: Cresci, Elena. “Chatbot that Overturned 160,000 Parking Fines Now Helping Refugees Claim Asylum.” The Guardian, March 6, 2017. https://www.theguardian.com/technology/2017/mar/06/chatbot-donotpay-refugees-claim- asylum-legal-aid

注7: “Artificial Lawyer Interview: Joshua Browder, DoNotPay.” Artificial Lawyer, May 22, 2017.  https://www.artificiallawyer.com/2017/05/22/artificial-lawyer-interview-joshua-browder-donotpay/

注8: Lawler, Ryan. “Justin Kan Confirms $10.5 Million in Funding for His Legal Tech Startup Atrium LTS.”TechCrunch, June 15, 2017. https://techcrunch.com/2017/06/15/justin-kan- atrium-lts-funding/

注9: Atrium LTS. Atrium LTS, 2017.  https://www.atriumlts.com/

注10: Zorloni, Luca.“世界の法律事務所で「弁護士ロボット」が活躍中.” Translated by Takeshi Otoshi, WIRED.jp., March, 23, 2017. https://wired.jp/2017/03/23/lawyer-robot/

注11: Ruhl, J.B. “Forms of Bespoke Lawyering and the Frontiers of Artificial Intelligence.” Law 2050: A Forum about the Legal Future. November, 11, 2014. https://law2050.com/2014/11/11/forms-of-bespoke-lawyering-and-the-frontiers-of-artificial-intelligence/

注12: Katz, Daniel M. “The MIT School of Law? A Perspective on Legal Education in the 21st Century.” University of Illinois Law Review, vol. 2014, no.5, 2014, pp.1431-1472. https://illinoislawreview.org/wp-content/ilr-content/articles/2014/5/Katz.pdf

注13: Lee, Katrina J. “A Call for Law Schools to Link the Curricular Trends of Legal Tech and Mindfulness.” University of Toledo Law Review, vol. 48, no.55, 2016, pp. 55-83; Ohio State Public Law Working Paper. no.389, March, 20, 2017. SSRN: https://ssrn.com/abstract=2937721

注14: Rosenberg, Scott. “Virtual Reality Check Digital Daydreams, Cyberspace Nightmares.” San Francisco Examiner, 19, April, 19, p.C1.; O’Toole, Garson. “The Future Has Arrived — It’s Just Not Evenly Distributed Yet:William Gibson? Anonymous? Apocryphal?”Quote Investigator, January 24, 2012. http://quoteinvestigator.com/2012/01/24/future-has-arrived/#more-3287

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この記事を書いた人

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松野まい

学術出版社にて書籍の編集企画に約5年間携わった後、大学院を経て、TUJにて講師となる。以来13年にわたり、海外・日本の学部生を対象とした、英語でのアカデミックライティングの基礎教育に尽力。目下、組織人としてのみならず個人としての新しい社会貢献の仕方を模索中。
M.Ed. in TESOL(Teaching English to Speakers of Other Languages)、Ph.D. in Education。翻訳書にノーム・チョムスキー著『お節介なアメリカ』(筑摩書房、2007年刊)がある。
Twitter: https://twitter.com/MymighTokyo

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