人工知能主導のクルマ革命~自動運転車の普及で自動車業界と社会はどうなる?
2020/11/28
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目次
はじめに
現在、世界中で、第4次産業革命の潮流が巻き起こっています。
この潮流は、基本的に物理領域、デジタル領域、生物領域の境界をつなげるさまざまなテクノロジーの融合がベースとなっており、人工知能、ビッグデータアナリティクス、IoT の技術はその根幹にあります。
第4次産業革命の影響力は、水力・蒸気力による機械工業化を中心とする第1次産業革命、 電力を用いた大量生産に象徴される第2次産業革命、そしてエレクトロニクスと生産の自動化を活用した第3次産業革命に比べて、圧倒的に大きいと言われています注1。
この潮流をけん引しているのは主としてドイツとアメリカです注2。ドイツでは、インダストリー4.0 (Industrie4.0; Industry 4.0)という政府主導の国家的イニシアティブのもと、2013 年より、物理空間と情報空間を融合させる CPS(Cyber-Physical Systems サイバーフィジカルシステム)を基礎としたプラットフォームの開発・活用によって、製造業のスマート化を進めています。
このプラットフォームでは、インターネットにつながった機器、システム、データアナリティクス、ネットワークがそれぞれリアルタイムでインタラクティブに動作し、製造デザインから始まる製造チェーンと、流通、カスタマーサービスを含むサプライチェーンがシームレスに統合・脱中央化されます注3。
一方、アメリカでは、2014 年に、GE、AT&T、シスコ、IBM、インテルの5社が創設した企業連合 IIC(The Industrial Internet Consortium)が、CPS と同様のコンセプトをもつインダストリアル・インターネット(The Industrial Internet)の実現と普及をあらゆる産業領域で促進しています。
インダストリアル・インターネットは、IT(Information Technology)と OT(Operational Technology)を一つに統合し、センサーにつながったモノやヒトが送信し合うデータをアナリティクスで解析する、IoT のエコシステム(第 2 回の記事を参照)の基礎となるメカニズムです注4。
近年自動車業界で加熱している自動運転車の開発・実用化への動きは、この第4次産業革命の象徴とも言えるかもしれません。テスラ・モーターズ社 CEO のイーロン・マスク氏は、2年前に、自動車は自動運転が普通になり、人間による運転は違法にすらなる可能性があると予言しました注5。
この過激とも思われたメッセージも、今では現実身を帯びたものとして響きます。今回は、自動車業界の海外メディアを中心に概観し、人工知能主導の自動運転革命の最新事情とビジョン、自動車関連業界および社会全体へのインパクト、および残された課題に迫ります。
自動運転時代へのカウントダウン
世界の自動車産業は、人工知能主導の自動運転時代に向けて大きく舵を切っています。
IHS マーキット社の予測では、人工知能システムの新車への搭載率は、2015 年の段階では、わずか 8 %で、主に音声認識の領域に限られていましたが、2025 年には、109 %まで上昇する見込みです。
つまりこの時期には、複数かつ多様な人工知能システムが、数多くの乗用車で使用されている可能性が高いのです注6。
自動運転技術の今
すでに、自動運転の前段階として、最近の新型乗用車には、ADAS(Advanced Driver Assistance Systems、先進運転支援システム)が搭載されてきています。
ADAS とは、 運転を安全かつ快適なものにするべく、車両システムを、自動化・適応・強化させるシステムです注7。
車線維持・車線逸脱防止支援システム、アダプティブ・クルーズ・コントロール(Adaptive Cruise Control 車間距離制御装置)システム、自動駐車システム、緊急自動ブレーキシステム、衛星ナビゲーションシステムなどがその代表的なものです。
ADAS によって特定の状況に限っては「自動」で操舵・加減速ができるようになっています注8。
本格的な自動運転のメカニズムでは、人工知能を背景としたソフトウェアで ADAS システムが統合され、レーダー、カメラ、超音波、ライダーなどの車載センサーで感知・生成された運転環境データを処理し、判断し、適切な対応につなげます 注8。
また、自動運転車には、人工知能システムのほかに、コグニティブ・コンピューティングの技術も採用されています。
コグニティブ・コンピューティングのシステムは、人間の思考や問題解決を再現するアルゴリズムに基づき、より複雑な運転状況や、乗車する人間の意志、ほかの自動運転車のニーズを深く理解し、必要な行動を決定するのに適切な情報やアドバイスを提供する役割を果たします注9。
自動運転のメカニズムは IoT のエコシステムのなかに位置づけられており、つねにインターネットに接続されている状態になっています。車内のセンサーから集められたデータは、適宜メーカーの開発者やサービス業者に送信・分析され、オンデマンドでのサービス提供に生かされます。
たとえば、メンテナンスが必要な時期になれば、自動的にパフォーマンスデータがメーカーに送られ、メーカーがソフトウェアを通じてシステムのアップデートを行ない、医療緊急時には、センサーが自動的に医者を呼ぶ、といったシナリオが想定されています注10。
現時点では、まだ完全自動運転の市販車は存在しませんが、海外では、フォード、テスラ、グーグル(正確には子会社のウェイモ)、GM、ウーバー、アップル、BMW、 ボルボ、ダイムラー、アウディなど代表的なメーカーやテック企業が、その開発に向けて取り組んでいます注11。
自動運転の段階的技術区分
乗用車の自動運転には厳密な技術区分があり、SAE インターナショナル(The Society of Automotive Engineers International、自動車および航空宇宙関連技術分野における世界最大の標準化団体)によれば、2017 年 9 月現在、次の 6 段階と定義されています注12。
●自動運転レベル 0~レベル 2: 人間のドライバーが運転状況を監視する段階
レベル 0: 非自動運転 |
自動運転機能がなく、ドライバーが常に自身で動的運転タスクを行なう段階 |
---|---|
レベル 1: ドライバー支援 |
操舵・加減速のうちどれか一つの制御系統をドライバー支援システムが操作するが、動的運転タスクのほとんどをドライバーが行なう段階 |
レベル 2: 部分自動運転 |
操舵・加減速両方の制御系統をドライバー支援システムが操作するが、ドライバーが必要に応じて運転状況の監視し、動的運転タスクを行なわなければならない段階 |
●自動運転レベル 3~レベル 5: 自動化された運転システムが運転状況を監視する段階
レベル 3: 条件付き自動運転 |
自動運転システムがすべての動的運転タスクを行なうが、ドライバーが必要に応じて介入する段階 |
---|---|
レベル 4: 高度自動運転 |
特定の運転状況において、自動運転システムがすべての動的運転タスクを行ない、ドライバーは基本的に介入しない段階 |
レベル 5: 完全自動運転 |
あらゆる運転状況において、自動運転システムが常にすべての動的運転タスクを行ない、ドライバーが介入する必要のない段階 |
2016 年にはテスラのモデルS注13や、ダイムラーのEクラス注14など、すでにレベル 2 の車が登場していました。2017 年には、アウディがレベル 3 の新型車 A8 の実用化を宣言しています注15。
2010年からいち早く完全自動運転車の走行実験を始めていたグーグルは、2017年6月に、自社開発のプロトタイプでの実験を打ち切り、高度な市販用自動運転車の開発に集中すべく、FCA の大量生産車、パシフィカをベースとした開発試験に切り替える意向を発表しています注16。
ビジネス・インサイダー・インテリジェント社は、部分ないし完全自動運転車が 2020 年には 1000 万台公道を走っているだろうとと予測しています注17。
期待される道路インフラの高度化
自動運転の技術の進化に合わせて期待されているのが、道路インフラの高度化です。
TRA(Transportation Resource Associates)社の説明によれば、アメリカでは現在の道路を自動運転車の走行に適したものにするために、かなり大規模なリノベーションが検討されています。
自動運転車にあわせ、まず舗装、路面標示、標識などは、センサーで認識されやすくなるよう最適化されていくことになります。
また、自動運転車相互の速度調整や車線変更のモニタリングの実現により、結果的に全体的な高速化が見込まれるため、新たな速度規制が盛り込まれる見込みです。
また、現行の高速道路システムで採用されている無線通信技術、DRSC(Dedicated Short Range Communications、専用狭域通信)を強化して、道路側のカメラやセンサーと車との通信を向上させる取り組みがなされつつあります。
当面の過渡期には、既存の道路を利用して非自動運転車、自動運転車それぞれに車線を用意する必要がありますが、まったく新しい道路を人間よりナビゲーション能力の高い完全自動運転車向けに設計するとすれば、道路の幅や出口車線、カーブなどの道路設計も、より省スペースなものとなる可能性があります注18。
自動運転車普及のメリット
自動運転の技術と関連インフラが整い、自動運転が普及することで、多くのメリットがあるとされています。未来学メディア『フューチャリズム』(Futurism)の概略レポート注19の抜粋を参考に、関連するメディアを参照してまとめると、その希望的ビジョンの一端が見えてきます。
もっとも大きな利点は、交通事故の飛躍的な減少です。現在、毎年世界で 125 万人が交通事故で亡くなっています注20が、マッキンゼー・アンド・カンパニー社の調査によれば、自動運転の普及により、アメリカでの交通事故を 90 パーセント減らすことができるということです注21。
また、上述のように、自動運転車は周囲の環境と互いにコミュニケーションをとれ、ベストなルートを選ぶことができ、かつ、スマートな道路インフラも、交差点などの交通量を最適化しますので、結果として渋滞や、付随するストレスを軽減できる可能性があります注22。
加えて、自動運転車は基本的に EV 車なので注23、環境にも好影響を与えます。欧州委員会のレポートによれば、地球上の交通による CO2 排出量は、1990 年から 2010 年までで 45 パーセントも上昇しています注24。
しかし、たとえばアメリカの通常のタクシーが EV 自動運転車におきかわるだけで、2030 年には、マイルごとの排出量を現在の 87 パーセントから 94 パ ーセントは減らせる可能性があるといいます注25。
さらに画期的なメリットは、高齢者層や障碍者層などのモビリティを飛躍的に向上させる可能性を秘めていることです。
グーグルの実験で、全盲の男性が一人で完全自動運転車に乗車し、2000 キロ完走できたのは記憶に新しいところです注26。
自動車産業のサービス業化と周辺業界への影響
しかし、自動運転時代の到来は、完全に楽観視できるものではありません。ことに伝統的自動車産業にとってはチャンスであるとともに脅威でもあります。
加速する自動運転車の標準化は、シェアリング・エコノミーの台頭と軌を一にしており、業界のビジネスモデルの変容を迫るものだからです。
未来学者のマーティン・フォード氏は、『ロボットの脅威 ―人の仕事がなくなる日』(Rise of the Robots: Technology and the Threat of Jobless Future)注27で、完全自動運転車の多くは所有されず、シェアされるものとなると予測しています。
実際、上記の企業を含めた海外の自動車メーカーの多くは今、自動運転車の開発自体のみならず、シェアされるクルマというコンセプトを前提に、サービス業化の方向へドラスティッにシフトしています。
モノとしてよりサービスとしてのクルマ、つまり、CaaS(Cars as a Service 、カーズ・アズ・ア・サービス)、ひいてはサービスとしての交通、TaaS(Transportation as a Service 、トランスポーテーション・アズ・ア・サービス)を提供すべく、新しい体制を整えようとしているのです注28。
自動車業界に先駆けてクルマはシェアされるもの、という文化をけん引し、交通ネットワーク車両サービスというかたちでCaaSを地で行く新しい業界の典型として、ライドシェアやカーシェアがあります注29。
ライドシェアはタクシーサービスの進化系のようなものです。たとえば最大手のウーバーは、スマートフォンのアプリで一般ドライバーの運転するタクシーや自家用車を配車し、相乗りでの乗車・スムーズな決済が行なえるサービスを展開しています注30。
一方カーシェアは、言うなればレンタカーの進化系です。こちらの最大手、ジップカーのサービスでは、同じくアプリを利用して現在位置から最も近い空車を指定してレンタル予約することができ、分単位や時間単位といった短距離での利用も受けつけています注31。
こうしたライドシェア・カーシェア業界は、自動運転車の導入を視野に入れています。ウーバーやジップカーは、現在大学の研究チームなど、モビリティエンジニアリング分野に強い専門家やエンジニアたちと協力して、自社の研究開発拠点を展開しています 注30 注31。
既存の自動車メーカーが参入しようとしているのがまさにこの種の新興サービスです。ダイムラーは、すでに乗り捨て可能なカーシェアリングサービス car2go を 2008 年から世界各地で順次開始していますが、最近では、すでに自動駐車技術で提携しているボッシュと自動運転車の開発でも業務提携し、car2go のカーシェアリングサービスへの適用に向けて動いています注32。
同じく自動車メーカーのフォードも、ウーバーと比肩するライドシェア大手のリフトと提携し、自動運転を軸とした配車サービスの開発・展開に向けて動き出しました注33。
伝統的自動車メーカーと新興のカーサービスがともに構想するサービスの主流は、利用者がアプリで自動運転車をオンデマンドで呼び出し、目的地まで輸送してもらうといったものです。
自動車関連産業の創造的破壊で、人材への考え方や教育のあり方も変わるという見方もあります。
イベントフル・コンファレンス社ダイナミック・コンテンツ・マネジャーのエイドリアン・アーヴェイ氏は、モノづくりの時代に必要とされた優秀な工員や工業系エンジニアに代わり、洗練されたカーデザインのできるアーキテクトや、開発に必要なテック系のサイエンティスト、ソフトウェア・エンジニアへのニーズが高まっていく可能性があるとしています。
同氏はまた、こうした人材を獲得する企業間の競争は激化する可能性が高まり、今後めまぐるしく変わりうる技術・規制に適応できるようなフレクシブルな人材教育システムの構築が必須になると見ています 注34。
フォード氏を含めた専門家たちは、こうした流れの中で、しのびよる失業危機も示唆しています。
(これは第1回の記事で取り上げた専門職の自動化のシナリオより複雑な産業横断的な危機です)。
フォード氏やCBインサイト社は、現在既存の個人所有車を前提としたビジネスモデルのもとで成り立っている業界、たとえば、修理業、車部品業、カーディーリング、タクシー・トラック業などの運輸・運送業、ガソリンスタンドや洗車業、フードデリバリー、自動車教習所などでリストラが起こる可能性があると指摘しています 注27 注35。
そのほか、一見自動車に直接関係のなさそうな業界も、自動運転車と関連サービスの普及によって、多少なりとも影響を受けると言われています。
CBインサイト社の分析では、 変化を迫られる業界として、ファーストフード業界(新しいかたちのドライブスルー構築を迫られる)、石油業界(自動車の EV 化によって新たなラベニュー・モデルが必要とされる)、パーキング業界、不動産業界、公共セクター(駐車場構築をめぐるプランニングやサービスの構造的変化を要する)、航空業界(高コストの移動へのニーズの低下によって、 低価格化が求められる)、医療・ヘルスケア業界(怪我人が減ることで、フォーカスするケアのタイプが変わる)、メディア業界(利用者が車内で視聴する番組の質の向上に取り組む必要がでてくる)までもが含まれるとしています 注35。
完全自動運転実現のプロセスでクリアすべき課題
こうした産業構造の変化を視野に入れる必要性と同時に、忘れてはならないのは、完全自動運転の実現までには、まだ多くの課題が残されていることです。越えるべきハードルは、技術、法律、心理面にわたっていくつも存在します。
技術的課題
まず、さまざまなレベルで、安全性をめぐる懸念が議論されています。テスラのモデルSのドライバーが、自動運転モードで死亡事故注36を起こしたように、自動運転技術にはまだ不足があります。
スタンフォード大学の機械工学エンジニアリング教授、クリス・ジャーディス氏は、完全自動運転に向けての技術は確実に進歩しているものの、人工知能やコグニティブ・コンピューティングのシステムが担うロジックの部分は、人間のレベルにいたっておらず「われわれ人間の眼や脳とは違う物の見方」をしており、ここに「未解決の問題がある」としています。
自動運転車は、将来的に、子供がボールを追って突然車道に飛び出してきたらどのように対処すべきか、現実的な決断ができるほどの人間的能力が求められており、そのレベルに至るまでの技術的道のりはまだ遠いようです注37。
また、ブルッキングス研究所のレポートは、技術的限界によって生じうる具体的な危機的ケースを複数列挙しています。
たとえば、豪雨や豪雪、濃霧などの悪天候によって道路状況が悪くなったり、標識が見えにくくなったりといった悪条件のなかでは、どうしても内臓カメラやセンサーの働きに影響することから、自動運転車が正常な運転判断・機能ができなくなり、事故が生じやすくなります 注22。
自動運転車自体に問題はなくても、道路インフラや、通信の質に問題があれば当然事故は増えますし、サイバーセキュリティにも十分な注意が必要です。
無線によるハッキングやジャミング(通信妨害)攻撃や、カメラ、レーダー、センサーへの悪意ある妨害操作などは、正常な通信の遮断やアルゴリズムの誤解析につながります注22。
このレポートで自動運転車にとってもっとも大きな脅威とされているのは、GPS などの GNSS(Global Navigation Satellite Systems、全地球測位システム)へのスプーフィング(偽の信号を送信してシステムをかく乱させる)攻撃で、技術者はこうした危険に備えた設計に努める必要があるとされています。
さらに、IoT システムを通じて、携帯電話など、デバイスから収集される利用者の個人情報の漏えいも無視できないリスクとして強調されています 注22。
法的課題
技術的問題と関連して法的課題も山積しており、非常に多岐にわたります。ルノー日産のゴーン社長は自動運転車の課題は、技術面より法制面のほうが大きいとさえ指摘しています注38。
上に述べた SAE インターナショナルの自動運転レベルにも関係しますが、法的課題の根本として、そもそもドライバーとは誰を指すかという定義自体を検討する必要があります。
ジュネーブ道路交通条約では、これまでドライバーの定義を、車のすべてにわたる制御をコントロールし、国際法制度を完全に順守した「人間」としてきました。
しかし、自動運転時代に向けて、ドライバーを「人間かシステム」と規定すべきとするスウェーデンとベルギーの提案もとに、 改正への議論を重ねる方向性を示しています注39。
そのほか、法的検討が必要な領域として、イギリスの有名な法律事務所ミルズ・アンド・リーヴスは、少なくとも以下の分野が含まれるとしています注40。これは同事務所が主としてイギリス国内を想定して表明している見解ですが、国際的にも示唆に富むものです。
●危機的状況に対する安全テスト・安全基準
そもそも、まず上記のような危険な状況に自動運転車の安全性を市販前にどのようにテストするのかが課題です、もちろんヴァーチャルでもシミュレートできますが、やはり実車で、コントロールされた公道上での試運転が必要となります。
このテストを段階的に、安全なかたちで行なうための規制が求められます。 また、自動運転車の安全性への期待は高まりますが、当然事故の可能性はゼロではなく、適正な安全基準を規定しなければなりません。
●車の所有権・メンテナンス責任
車が個人で購入されるものではなく、シェアされることが常になる時代には、メーカーなど企業側にすべての責任が移る可能性が高くなります。
●民事責任(損害賠償責任)
完全自動運転車による事故の民事責任は、デザインや機能の不全によって起こったものの場合基本的に (利用者が意図的にハードウェアを破壊した場合などを除いて)、メーカー側に帰することになりえます。ただし、部分自動運転車において事故が起こった場合には、人間とシステムのどちらの手によって起こったものか検証できる記録が必要であり、それを判断する法的基準が必要とされます。
●刑事責任
同様に、完全自動運転車による事故の刑事責任も、個人の所有者が負うことは特別な場合を除いてほとんどなくなり、企業側のほうに移る可能性が高くなります。ただし、車両システムや道路インフラへの第三者による犯罪的操作などに対しては、適切な処罰を規定しなければなりません。
●保険
現在の個人をベースとした保険は時代にそぐわなくなり、メーカーやサービス業者の責任の増加に伴い、新しい保険商品が必要になるため、保険法も変えていかなければなりません。
●データ保護の基準
自動運転車からのデータ収集は安全確保や事故の原因分析、車両マネジメント目的のためなどに必要でありながら、倫理的に適切な範囲で行なわれなければならず、厳重な規制が必要です。
●サイバーセキュリティの基準
すべてのシステムが統合されている自動運転車は、テロリストやハッカーからの攻撃に遭いやすいため、車両製造の段階で法的に求められるセキュリティの基準を高める必要があり、また、関連する処罰規定の強化も望まれます。
●自動運転過渡期の規制
上記を含むすべての課題について、とくに非自動運転から完全自動運転に移る過渡期において、それぞれのステージにおける詳細な規定を作らなければなりません。 さらにトラックなど、貨物自動運転車に関してはさらに別の法規制が必要で、こちらにもコンセンサスが求められます注41。
心理的課題
そして、技術的・法的課題以前に、心理的課題が残されています。長きにわたり従来のクルマ文化に親しんできた現在の人間にとって、まだ未知数の多い自動運転車の普及をどの程度受容できるか、という根本的な問題は、まだ解決されていません 注42。
また、2017 年 3 月から 4 月にアメリカとドイツの一般市民 1519 人に対して行なわれた ガートナー社の調査でも、71 %の回答者は部分自動運転なら利用を考えてもいいと答えた一方、55 %の回答者は完全自動運転車には乗りたくないとしています注43。
おわりに
日本でも、自動運転車実用化の動きは、政府も民間もやや慎重ながら確実に進んでいます。 政府は、2016 年の未来投資会議で、自動運転の実行計画をまとめており、2020 年までに完全自動運転車の実用化、とくに長距離トラックの自動運転化に向けて実験を進めるべく動いています。
また、民間では自動運転開発競争が過熱し、業界の再編成も盛んです。代表的な例で言えば、トヨタがエヌビディアと提携、ホンダもエヌビディア、ならびにソフトバンクやグーグルの子会社ウェイモと提携しました。レベル 4 以上の自動運転車の実用化予定はトヨタが 2023 年、ホンダは 2025 年をめどとしています。
こうした国内の動きは 2020 年から 2021 年を実用化元年の目標として設定している海外の動きに比べるとやや遅いと言えます。業界を超えた IoT のエコシステムの整備の進捗なども含めて、海外のペースから遅れが生じることで、社会にどのような影響がもたらされるのか、気になるところです。
また、現在、国内では個々の業界・組織レベルの働き方改革が盛んではありますが、自動運転パラダイムの到来に見る、業界横断的な労働市場の変化、および新たなビジネスの創出の必要性や具体的な促進支援策に関しては、議論がまださほどなされていないような印象を受けます。
向こう数年で人類が向かっていく自動運転時代の全容を、今からでも各業界、 社会全体が一丸となって理解し、ともに対応を検討・実行していくことが急務になるでしょう。
参考文献・参照サイト
注1: Schwab, Klaus. “The Fourth Industrial Revolution: What It Means, How to Respond.” World Economic Forum,14 Jan. 2016, https://www.weforum.org/agenda/2016/01/the-fourth-industrial-revolution-what-it-means-and-how-to-respond/
注2: “The Internet of Things: Industrie 4.0 vs. the Industrial Internet.” MAPI Foundation, 23 Jul. 2015, https://mapifoundation.org/economic/2015/7/23/the-internet-of-things-industrie-40-vs-the-industrial-internet
注3: “Industrie 4.0: Smart Manufacturing for the Future.” Die Germany Trade and Invest, 11 May. 2016, https://www.gtai.de/GTAI/Content/EN/Invest/_SharedDocs/Downloads/GTAI/Brochures/Industries/industrie4.0-smart-manufacturing-for-the-future-en.pdf
注4: “The Industrial Internet Consortium.” The Industrial Internet Consortium, n.d., http://www.iiconsortium.org/ see also Itasse, Stephane. “USA: Industry 4.0 the American Way.” Process Worldwide, 27 May. 2016, https://www.process-worldwide.com/usa-industry-40-the-american-way-a-536602/
注5 Konzer, Tony. “Tesla Motors CEO Elon Musk Says Future of Autonomous Cars is Nigh.” Nvidia, 17 Mar. 2015, https://blogs.nvidia.com/blog/2015/03/17/tesla-elon-musk-nvidia/
注6: “Artificial Intelligence Systems for Autonomous Driving on the Rise, IHS Says.” IHS Markit, 13 Jun. 2016, http://news.ihsmarkit.com/press-release/artificial-intelligence-systems-autonomous-driving-rise-ihs-says
注7: “ADAS Advanced Driver Assistance Systems: Definition.” Auto Connected Car News, n.d., http://www.autoconnectedcar.com/adas-advanced-driver-assistance-sytems-definition-a uto-connected-car/
注8: “How Does a Self-Driving Car Work?” The Economist,12 May. 2015, https://www.economist.com/blogs/economist-explains/2013/04/economist-explains-how-self-driving-car-works-driverless
注9: Hans, Joel. “What’s the Difference Between Cognitive Computing and AI?” RI Insights.Com, 19 Sep.2017, https://www.rtinsights.com/whats-the-difference-between-cognitive-computing-and-ai/
注10: Philip, Sulu. “5 Ways Artificial Intelligence is Driving the Automobile Industry.” Big Data Made Simple, 17 Mar. 2017, http://bigdata-madesimple.com/5-ways-artificial-intelligence-is-driving-the-automobile-industry/ see also Mohammed, Jahangir. “How Connected Cars Have Established A New Ecosystem Powered By IoT.” Techcrunch, 31 Jan. 2017, https://techcrunch.com/2015/01/31/how-connected-cars-have-established-a-new-ecosystem-powered-by-iot/
注11: Muoio, Danielle. “Here are All the Companies Racing to Put Driverless Cars on the Road by 2020.” Business Insider, 7 Apr. 2016, http://www.businessinsider.com/google-apple-tesla-race-to-develop-self-driving-cars-by-2020-2016-4/#tesla-is-aiming-to-have-its-driverless-technology-ready-by-2018-1
注12: “Automated Driving: Levels of Driving Automation are Defined in New SAE International Standard J3016.” SAE International, n.d., https://www.sae.org/misc/pdfs/automated_driving.pdf
注13: Nelson, Gabe. “Tesla Beams Down ‘Autopilot’ Mode to Model S.” Automotive News, 14 Oct. 2015, http://www.autonews.com/article/20151014/OEM06/151019938/tesla-beams-down-autop ilot-mode-to-model-s
注14: “Mercedes-Benz E-Class E200 and E220d 2016 Review.” Cars Guide, 29 Jul. 2016, https://www.carsguide.com.au/car-reviews/mercedes-benz-e200-and-e220d-2016-review-44137
注15: Taylor, Michael. “The Level 3 Audi A8 Will Almost Be The Most Important Car In The World.” Forbes, 10 Sep. 2017, https://www.forbes.com/sites/michaeltaylor/2017/09/10/tthe-level-3-audi-a8-will-almost-be-the-most-important-car-in-the-world/#3c1eb625fb3d
注16: Ahn, YooJung.“From Post-it Note to Prototype:The Journey of Our Firefly.” Medium,12 Jun. 2017, https://medium.com/waymo/from-post-it-note-to-prototype-the-journey-of-our-firefly-30569ac8fd5e
注17: “10 Million Self-Driving Cars will be on the Road by 2020.” Business Insider, 15 Jun. 2016, http://www.businessinsider.com/report-10-million-self-driving-cars-will-be-on-the-road-by-2020-2015-5-6
注18: Eldredge, Barbara. “5 Ways Driverless Cars Will Change Our Roads and Highways.” Curbed, 6 Sep. 2016, https://www.curbed.com/2016/9/6/12804434/driverless-cars-highways-roads-uber-google , see also“Staying in Control: Bridging the Gaps in Autonomous Vehicle Safety.” TRA, Sep. 2016, https://www.traonline.com/wp-content/uploads/2016/08/Staying-in-Control-Bridging-the-Gaps-in-Autonomous-Vehicle-Safety-TRA-Sept-2016.pdf
注19: “Benefits of Driverless Cars.” Futurism, 25 Nov. 2016, https://futurism.com/images/7-benefits-of-driverless-cars/
注20: “Road Traffic Injuries: Factsheet.” WHO, May. 2017, http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs358/
注21: Bertoncello, Michele and Dominik Wee. “Ten Ways Autonomous Driving Could Redefine the Automotive World.” McKinsey and Company, Jun. 2015.https://www.mckinsey.com/industries/automotive-and-assembly/our-insights/ten-ways-autonomous-driving-could-redefine-the-automotive-world
注22: West, Darrell M. “Moving forward: Self-Driving Vehicles in China, Europe, Japan, Korea, and the United States.” The Center for Technology Innovation at Brookings. 20 Sep. 2016,
https://www.brookings.edu/wp-content/uploads/2016/09/driverless-cars-2.pdf
注23: Yamauchi, Mia. “How will Autonomous Vehicles Charge Themselves?”. Plugless, n.d.
https://www.pluglesspower.com/learn/solve-last-mile-vehicle-autonomy/
注24: Olivier, Jos G.J., Greet Janssens-Maenhout, Jeroen A.H.W. Peters, and Julian Wilson. “Long-Term Trend In Global CO2 Emissions: 2011 Report.” PBL Netherlands Environmental Assessment Agency, 2011, http://edgar.jrc.ec.europa.eu/news_docs/C02%20Mondiaal_%20webdef_19sept.pdf
注25: Greenblatt, Jeffery B. and Samveg Saxena. “Autonomous Taxis Could Greatly Reduce Greenhouse-Gas Emissions of US Light-Duty Vehicles.” Nature Climate Change, vol 5. , 6 Jul. 2015, pp. 860-863. http://www.nature.com/nclimate/journal/v5/n9/full/nclimate2685.html
注26: Halsey III, Ashley and Michael Laris. “Blind Man Sets Out Alone in Google’s Driverless Car.” The Washington Post, 13 Dec. 2016, https://www.washingtonpost.com/local/trafficandcommuting/blind-man-sets-out-alone-in-googles-driverless-car/2016/12/13/f523ef42-c13d-11e6-8422-eac61c0ef74d_story.html
注27: Ford, Martin. Rise of the Robots: Technology and the Threat of a Jobless Future. Reprint Edition. Basic Books, 2016. https://www.amazon.com/Rise-Robots-Technology-Threat-Jobless/dp/0465097537/ref=t mm_pap_swatch_0?_encoding=UTF8 , see also マーティン・フォード著 松本剛史訳『ロボットの脅威―人の仕事がなくなる日』日本経済新聞出版社、2015 年。 https://eb.store.nikkei.com/asp/ShowItemDetailStart.do?itemId=D3-00035663C0
注28: Maytom, Tim. “When the Car Becomes a Service.” Mobile Marketing, 28 Feb. 2017. http://mobilemarketingmagazine.com/when-the-car-becomes-a-service see also “The Road to Transportation-As-A-Service.” CB Insights, 9 May, 2017, https://www.cbinsights.com/research/transportation-tech-auto-service-trends/
注29: Martucci, Brian. “Ride Sharing and Car Sharing – Cheaper Than Owning a Car?” Money Crashers, n.d.
https://www.moneycrashers.com/ridesharing-carsharing/
注30: “Uber: Sign Up to Drive or Tap and Ride.” Uber, n.d. https://www.uber.com/en-JP/
注31: “Car Sharing: An Alternative to Car Rental with Zipcar.” Zipcar, n.d. http://www.zipcar.com/
注32: “Future mobility: Bosch and Daimler Join Forces to Work on Fully Automated, Driverless System.” Daimler, 4 Apr. 2017, http://media.daimler.com/marsMediaSite/instance/ko.xhtml?oid=16389692&filename=F uture-mobility-Bosch-and-Daimler-join-forces-to-work-on-fully-automated-driverless-sy stem
注33: Etherington, Darrell. “Ford and Lyft’s New Self-Driving Partnership Likely to be a Standard Model.” Techcrunch, 27 Sep. 2017, https://techcrunch.com/2017/09/27/ford-and-lyfts-new-self-driving-partnership-likely-to-be-a-standard-model/
注34: Ervay, Adrienne. “Top Tech Challenges Disrupting and Revolutionizing the Auto Industry.” Digitalist Magazine, 14 Sep. 2017, http://www.digitalistmag.com/digital-economy/2017/09/14/top-tech-challenges-disruptin g-revolutionizing-auto-industry-05365751
注35: “24 Industries Other than Auto that Driverless Cars Could Turn Upside Down.” CB Insights, 31 Jul. 2017, https://www.cbinsights.com/research/13-industries-disrupted-driverless-cars/
注36: Ferris, Robert. “Tesla Autopilot System’s ‘Limitations’ Played ‘Major Role’ in 2016 Crash: NTSB.” CNBC, 12 Sep, 2017, https://www.cnbc.com/2017/09/12/operational-limitations-of-tesla-autopilot-system-played-major-role-in-2016-crash-ntsb.html
注37: “Are We There Yet?: The Legal Aspects of Driverless Cars.” American Bar Association, Oct. 2015. https://www.americanbar.org/publications/youraba/2015/october-2015/are-we-there-yet–the-legal-aspects-of-driverless-cars.html
注38: “Self-Driving Cars May Hit Roads in 2018: Renault-Nissan CEO.” Reuters, 4 Jun, 2014, https://www.reuters.com/article/us-autos-ghosn/self-driving-cars-may-hit-roads-in-2018-renaul t-nissan-ceo-idUSKBN0EE1UU20140603
注39: Economic Commission for Europe Inland Transport Committee Working Party on Road Traffic Safety United Nations. “Report of the Seventieth session of the Working Party on Road Traffic Safety: Addendum.” United Nations Economic and Social Council. 23-26 Mar. 2015, https://www.unece.org/fileadmin/DAM/trans/doc/2015/wp1/ECE-TRANS-WP1-149-Aadd-1e.pdf see also Hamilton, Stephen. “Driverless Cars: The Road Ahead and the Liability Implications.” Mills and Reeve, Slideshare, Apr. 2016, https://www.slideshare.net/MGA A/mills-reeve-driverless-cars-april-2016
注40:Mills and Reeve. “Driverless Cars: The Top 10 Legal Issues.” Technology Law Update, 8 Dec. 2014, http://www.technology-law-blog.co.uk/2014/12/driverless-cars-the-top-10-legal-issues.html
注41: “Driverless Trucks: New Report Maps Out Global Action on Driver Jobs and Legal Issues.” International Transport Forum, 31 May, 2017, https://www.itf-oecd.org/driverless-trucks-new-report-maps-out-global-action-driver-jobs-and-legal-issues
注42: Schoettle, Brandon and Michael Sivak, “Motorists’ Preferences for Different Levels of Vehicle Automaton: 2016.” University of Michigan Sustainable Worldwide Transportation, May, 2016,
http://umich.edu/~umtriswt/PDF/SWT-2016-8.pdf
注43: “Gartner Survey Reveals 55 Percent of Respondents Will Not Ride in a Fully Autonomous Vehicle.” Gartner, 24 Aug, 2017, http://www.gartner.com/newsroom/id/3790963
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この記事を書いた人
- 松野まい
学術出版社にて書籍の編集企画に約5年間携わった後、大学院を経て、TUJにて講師となる。以来13年にわたり、海外・日本の学部生を対象とした、英語でのアカデミックライティングの基礎教育に尽力。目下、組織人としてのみならず個人としての新しい社会貢献の仕方を模索中。
M.Ed. in TESOL(Teaching English to Speakers of Other Languages)、Ph.D. in Education。翻訳書にノーム・チョムスキー著『お節介なアメリカ』(筑摩書房、2007年刊)がある。
Twitter: https://twitter.com/MymighTokyo