人工知能で変わる人事部門~海外HRテック最前線と広がる従業員中心主義
2017/12/29
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目次
はじめに
グローバル不況のなか人工知能時代を迎え、企業間の競争がますます過熱し、かつキャリアや働き方が多様化していくなか、業界を問わず重要になってくるのが、経営資源としての適切な人材の確保、マネジメント、そして教育です。
そこで、ハイ・インパクトな人事機能を効果的に維持・開発していくための支援ツールとして注目されているのが、HRテック(Human Resources Technology、人工知能技術やクラウド、ビッグデータなど最先端のテクノロジーを活用した人材ソリューション)です。
HRテックへの期待は近年大変大きくなっています。
CBインサイト社の調査によれば、VC、大企業、エンジェル投資家などからのHRテック・スタートアップへの投資額は、2016年の時点ですでに史上最高値の19億6000万ドルに昇っていました注1。
また、マーケットリサーチメディア社の予測では、2017年から2022年までの間に、世界のHRソフトウェア市場の年平均成長率は2.4パーセント、90億2000万ドル規模になるということです注2。
企業の業務の中でも、もっとも根本的かつ人間的な部分である、人材の采配や育成という営為と、最先端のテクノロジーがどう融合していくのでしょうか。そして、人事部門はどのように変わっていくのでしょうか。
意外にも、その最先端のトレンドは、単純に業務自動化や効率化への動きにとどまるものではありません。逆説的なようですが、テクノロジーをむしろ人間中心、従業員中心主義の企業文化醸成に生かし、自然なかたちで生産性向上に利用しようという方向へと向かっています。
なお、人事部門、とくにHRテック専門の海外メディアでは、他分野に比べてやや発信者の多様性が少なく、業界の中心的役割を果たしているバーシン・バイ・デロイト社の創業者・主席で世界的な人事スペシャリスト、ジョシュ・バーシン氏による記事が複数の媒体で圧倒的に目立っています。
今回は、同氏の見解や知見をおもな参考としながら、気鋭のHRテック・ベンダーや人事部門改革に取り組む主要企業などの最新事例をご紹介します。
進む採用活動の自動化・効率化・精緻化
バーシン氏の調査によれば、人事部門の最前線では、人事業務の自動化・効率化および精緻化は1990年代から2000年代半ばにもっとも大きな課題とされ、今でも多くの企業の関心事となっています注3。
特に、改善・発展が期待されている領域は採用活動です注3注4。現在、人事部門はこぞって人工知能技術をはじめとするHRテックを活用し、採用にかかる業務を大幅に減らして、時間的・労力的負担の軽減をはかったり、高度なデータ分析に基づいた、より効果的な人材選別を行なおうと努力したりしています注3注4。
また、人工知能技術とあわせてブロックチェーンの利用も徐々に浸透してきています注5。
リクルートメント・チャットボット
採用業務効率化の試みとして典型的な事例が、初期段階の説明会のフェーズでのチャットボットの活用です。
たとえば、スポーツ・べッティング業界のスカイベッティング・アンド・ゲーミング社は、有名なスポーツ・ジャーナリスト、ジェフ・ステリングのデフォルメキャラクターを使用したAsk Jeffというリクルートメント・チャットボット注6を導入し、現在の採用ステイタス、企業文化、福利厚生についてなどといった、応募者の基本的な質問に、フェイスブック上でいつでも回答するサービスを提供しています。
おかげで、応募者は有名人と話しているような気分で迅速なやりとりを楽しめる一方、人事担当者は定番の質疑応答から解放され、応募者が絞られた後の本格的な採用ステージでの業務に時間をかけることができるということです注7。
ビデオインタビュー分析
また、採用判断の精緻化をはかる事例として、人工知能アプリによるビデオインタビュー分析の利用があります。
一般消費財のトップ企業、ユニリーバ社は、最近、HRテックベンダー、ハイアー・ビュー社のアプリHireVue注8を使って、採用候補者の効果的な選定に役立てていることを明らかにしました注9。
応募者はHireVueをiPhoneなどのデバイスにダウンロードし、面接官とのビデオインタビューに答え、採用担当者にその動画を送ります。
ここで、人工知能が細かい視線の動きや応答の仕方など、人間が一度では把握できない2万5000もの要素とその相互関係を解析し、さらに本人の希望職種で重視される要件を踏まえて評価し、採用後のパフォーマンスを予測してスコアリングをし、ほかの候補者と比較してのランク付けを自動で行なってくれます。
採用担当者はその結果を参照するだけで、すみやかで適切な人材の振るい分けができます。ユニリーバでは、こうしたプロセスを実際の面接に進む前のスクリーニングの段階で採用しています注10。
ブロックチェーンベースのインテリジェント・プロファイル
さらに、最近では、人工知能とあわせて、ブロックチェーン(分散型台帳)を使って採用活動の効率化・自動化・精密化のレベルを向上させようという動きが活発です。
フィンテックのコア技術として有名なブロックチェーンは、ネットワークでつながったコンピューター間で、すべての価値記録の取引履歴が 改ざん不可能な「ブロック」の連鎖として記録共有されることにより、第三者機関の介入なしにその記録の信頼性を担保できるというシステムです注5。
海外の人事部門では、特に、膨大なペーパーワークや専門家への依頼などでコストのかかる、採用人材のバックグラウンド・チェックの領域で、ブロックチェーン技術を活用し始めています。
この分野を先導する2016年創業のブロックチェーン・スタートアップAPPII社は、最近世界初のブロックチェーン・ベースのキャリア検証プラットフォームを開発しました注11。
就職活動中の利用者はこのサービスで、信頼性抜群のインテリジェント・プロファイルを作成することが可能です。手順は明快で、まずプラットフォームから学歴・職歴・研修歴などのデータを記録し、ブロックチェーン上で過去の教育者や雇用主などにそのデータを開示・検証してもらいます。
こうしてリファレンス先から認められたプロファイルは、自撮写真と身分証明書類、APII社スタッフの目視よる確認という三段階認証によって本人確認を確実に証明できるバイオメトリック・IDとしても機能します注12。
今後は、ブロックチェーンにストアされた信頼性の高いデータをさらに人工知能が解析するという総合的な技術が発展し、容易に経歴詐称のできない世界となっていくことでしょう。
ピープル・データ活用で従業員体験を豊かなものに
しかし、バーシン氏をはじめ、最前線の専門家の認識では、これからの人事部門の課題は業務の自動化・効率化・精緻化から一歩進んで、充実した従業員体験(エンプロイー・エクスペリエンス)の提供に力を注ぎ、企業の生産性をレバレッジさせることなのです注3。
この文脈で求められる、HRテックの主な役割は、ピープル・データ(組織の従業員に関するあらゆる質的・量的データ。ビッグデータより規模は小さいが、不断に変化し、不完全で非構造的で複雑なものが多い)注13を分析・活用して彼らの職場生活を向上させ、企業成長への健全な貢献を自然なかたちで促すこと、そしてパーソナライズされた教育システムで効果的な成長機会を与えることです。
この動向の背景にあるのは、人事部門が現在直面している人材の定着・エンゲージメントの問題です。
従業員中心主義の時代へ
企業が従業員中心主義にシフトしはじめた背景には、昨今の人材の定着・エンゲージメントの問題があります。
企業環境が刻一刻と変化し、かつてと比べて離職率やストレスレベルが高くなっていく状況のもと、どうしたら獲得した人材の流出を防ぎ、そのモチベーションを維持向上させることができるのか。悩みに悩んだ人事部門が行きついた答えは、従業員の職場経験をホリスティックに見つめ直し、その改善に投資することでした注14。
人事部門は、これまで従業員のキャリア、勤務態度、福利厚生、教育などを管理者の視点からバラバラに捉えてきました。
しかし、従業員の視点から見れば、職場で起こることはすべてつながっており、人生全体、ひいては物理的、感情的、職業的、経済的幸福にかかわっています。
この当たり前と言えば当たり前の現実にようやく目をむけ始めた人事部門は、大切なことに気づきます。正社員、非正規社員、そしてクラウドソース・ワーカーを含めたあらゆる従業員は、就職から退職まで、一貫して質の高い体験を求めている。
そして、会社の生産性やカスタマー・エクスペリエンスの向上の第一歩は、こうした従業員の満足度を上げることから始まるのだと注14。
バーシン氏の知り合いのある小売業界の重役は、最近こう発言しているといいます。
「かつてわれわれの優先順位は第一がステークホルダーや株主の方々、その次がお客様で、社員は二の次だった。今ならその順位は逆であるべきだったとわかる。まず社員を最優先にすれば、自然に彼らがお客様を大事にすることになり、ひいては株主様を大事にすることにつながる注14」
評価経済の台頭も従業員体験重視のトレンドを後押ししているようです。いまや、オープンな場で購買者が商品や売り手を評価するのと同様に、従業員が企業への評価をつまびらかにする時代です。
たとえば、グローバルな就職・転職情報サイトGlassdoor注15では、企業とその経営について、多くの従業員・元従業員が匿名でレビューを提供しています。このようなサイトで公開される従業員体験の質の高さは、当然企業ブランドにも影響していきます。
民泊サービス大手のAirbnb社は、第2回の記事で紹介したダイナミック・プライシングの採用で有名ですが、従業員体験の向上に力を入れている点を積極的にアピールし、ブランディングに活用している企業としても知られています。
2015年に人事部門を「従業員体験部門」と改称し、採用・教育の仕方から、職場環境の整備、社外体験の提供、食事プログラムの質の改善などにいたるまで、職場経験のあらゆる側面を向上させることに成功しており、また、ネットなどで自由に自分の体験をシェアするように勧め、企業の透明性の高さも強調しています注16。
Glassdoorのレビューによれば、2017 年11月現在Airbnbの総合レイティングは星5つ中4つと高く、73パーセントの回答者がこの会社を友人に勧めるとし、文章でのコメントでも、おおむねポジティブなものが並んでいます(ネガティブな発言のも削除はされていないそうです)注17。
海外の有名企業の多くはAirbnbのように、充実した従業員体験を「売り」にしようしています。
見直される従業員フィードバック
従業員体験を豊かにする鍵として、バーシン氏らが強調しているのは、従業員から会社へのフィードバックに耳を傾け、彼らをよく知ることです。
フィードバックといえば会社やマネジャーが従業員に対して主観的評価というかたちで行なうことが一般的です。また、会社のほうが従業員側の声を聴く機会は、往々にして年度末のアンケート調査などに限られ、かつ結果の分析や対応までに時間がかかるため、あまり意味のあるものとはいえません。
しかし、バーシン氏らによれば、最先端の人事部門はこの伝統を変えようとしています。彼らの定義では、フィードバックとはポジティブで建設的な「ギフト」であり、組織にイノベーションを起こし、問題を解決する糸口を与え、そのエンパワーメントの源泉となるものです注18。
従業員によるフィードバックは、変化の激しい時代に特に大切となります。
第3回の記事で、自動運転革命に備え、自動車業界がプロダクトよりカスタマー重視のサービスをベースとするビジネスモデルへの転換期を迎えていることを紹介しました。
バーシン氏の報告によれば、世界的な自動車メーカー、フォード社は、この転換期に呼応して、社内的にもプロダクトより従業員に重きを置く方向に移行するという決意のもと、人事部門の大改革を行ないました。
その第一歩として、本社の人事部門は総計40か国以上に遍在する支社の従業員たちを直接訪ね、これまでの職場経験において何が効果的で何が問題かを取材したそうです注18。
その結果、人事プロセスに無駄が多いという社員側の不満や、業務過多で従業員経験の向上に時間が割けないという人事部門側の問題点が明らかになり、フォード社はその解決策を軸とした、具体的な改革案のベースを作ることができました。
そして今、新しいグローバル人事運営モデルを採用するともに、テクノロジー・プラットフォームやデジタルHRアプリなど、HRテックを導入・駆使することで、従業員のエンゲージメントを向上させています注18。
幸運なことに、ピープル・データのなかでも従業員からのフィードバックを最大限に生かしたパフォーマンスマネジメントに焦点をあて、人事部門の構造改革を支援するSaaS(Software as a Service、ソフトウェア・アズ・ア・サービス)、あるいはPaaS(Platform as a Service、プラットフォーム・アズ・ア・サービス)が続々と登場しています。
パフォーマンス・ディベロップメント・プラットフォーム
2014年に創業したHRスタートアップ、リフレクティブ社のReflektiveは最先端のパフォーマンス・ディベロップメント・プラットフォームの代表例です。
Reflektiveの目指すのは、利用企業がフィードバックをリアルタイム化し、ゴール設定、ディスカッション、パフォーマンスレビューというサイクルに取り入れ、従業員のエンゲージメントや成長を日常の職業生活のワークフローのなかで促すことによって、自然に生産性を上げることです注19。
一番の売りであるリアルタイム・フィードバック・アプリは、G-mailやOutlookやSlackなど通常のコミュニケーションツールに搭載でき、従業員・マネジャー相互が、時や場所を選ばず継続的にフィードバックを送信しあえたり、特定の個人やチームの功績をその場で他の従業員にシェアし合える場を提供したりできます。
この仕組みは従来の年次評価より、タイムリーかつポジティブなインパクトを与えるのに効果的とされています注20。
さらに、ゴール・マネジメント・アプリは、個人やチームの目標と進捗状況を可視化し、継続的にやるべきことのアップデートや追跡を可能にします。フィードバック・アプリと連動しているので、マネジャーは部下の努力についてより詳細に確認・アドバイスできます注21。
また、同様に連動しているチェック・イン・アプリを用いれば、マネジャーが部下のゴールやエンゲージメントレベルを瞬時に把握でき、問題点や目標設定の調整などについて、彼らといつでも中身の濃い会話ができるようになります。双方のコミュニケーションの質が高まれば、会社全体の方針と従業員が示す方向性とのギャップを効果的に埋めることが容易になります注22。
そして人事考課用のパフォーマンス・レビュー・アプリは、会社や部署、従業員の状況に合わせてレビューの種類や項目、記名・無記名をカスタマイズできるようになっています。
マネジャーから部下への伝統的な評価のフォーマットも使用可能ですが、自己評価や同僚からの評価も含めた360度評価を取り入れたり、またはチェック・インのみを評価として用いたりすることもできます。
上記のアプリとの連携によって、マネジャー・従業員双方とも自分の成長や会社への貢献度がよく理解でき、次なる目標設定にスムーズにつなげることが可能です注23。
Reflektiveを利用する企業は、ブルー・オリジン社、オマダ・ヘルス社、リップル社など300社にのぼり、従業員のエンゲージメント、パフォーマンス、定着率を飛躍的に上げ、平均で離職率を34パーセント低下させることに成功したそうです注24。
従業員の人間関係、健康、学びを企業の財産に
このほか、従業員体験向上を支援するHRテックの領域のなかで、今後ますます発展が予測されるものとして、チームマネジメント、ウェル・ビーイング、社員教育などがあります注3。
ここでは、その一例として、リレーションシップ・アナリティクス・プラットフォーム(従業員の人間関係を分析してマネジメントに生かすプラットフォーム)、ウェル・ビーイング・ソリューション(従業員の身体的・精神的幸福度の向上に特化したソリューション)、そしてマイクロ・ラーニング・プラットフォーム(個々のニーズに合わせた、短時間で継続的に学習可能なコンテンツを取り入れた教育プラットフォーム)を紹介します。
リレーションシップ・アナリティクス・プラットフォーム
最近では個々の従業員の貢献のみならず、彼らのチームやネットワークを生かしての生産性の維持・向上もますます重視されています。
HRテック・ベンダーのトラストスフィア社は、このようなトレンドに早くから着目し、個々の従業員の人間関係分析に特化したリレーションシップ・アナリティクス・プラットフォームTrustVault を提供しています注25。
TrustVaultは従業員の社内での、そして取引先とのソーシャル活動のメタデータ(コミュニケーションの中身を除いたメタ活動だけを示すデータ)をe-mailやコラボレーション・ツールからリアルタイムで収集・分析し注26、デジタルコミュニケーションの持続期間や頻度、平等性、レスポンスの速さ、質の高さなどについて洞察を示し、ソーシャルグラフとして可視化します注27。
マネジャーはこの結果を見て、個々の従業員やチームが、単体として、あるいは組織との関係でどのように機能しているかを理解し、より効果的なマネジメント戦略を検討することができます。
また、従業員に異動などがあった際に、本人のネットワークをスムーズに同僚に引き継ぎ・維持発展させるのにも効果を発揮します注28。
ウェル・ビーイング・ソリューション
従業員の根本的な身体的・精神的幸福を企業の成長につなげるウェル・ビーイング市場は今後特に急成長する分野とされています。
この分野で最大手の一つ、ヴァージン・パルス社は従業員のウェル・ビーイングとエンゲージメントの関連性に注目し、彼らの健康の維持向上をサポートするウェル・ビーイング・ソリューションVirgin Pulseを展開しています注29。
Virgin Pulseは従業員一人ひとりの健康状態やリスク、興味や志向性などのデータをリアルタイムで収集・分析し、パーソナライズされたリソースや社内・社外のウェルネス・プログラム(日々の活動、食事、睡眠、財政マネジメント、ストレスマネジメント、人間関係、フィランソロピーに関するオンライン・オフラインのサポート)をタイムリーに提案・紹介します。
また、必要に応じて従業員が同僚と互いに活動の進捗状況のモニタリング、賞賛をし合い、楽しみながら競争できる、ゲーミフィケーションの仕組みを導入することで、組織全体に健全な生活習慣の定着や、助け合いの文化醸成を根づかせるのに役立ちます注29。
マイクロ・ラーニング・プラットフォーム
個々の従業員の成長を促す社員教育テクノロジーもますます充実してきています。伝統的なMOOCs(Massive Open Online Course、大学やエデュテック企業が提供する無料もしくは安価で、比較的長期のオンラインコース)のような、マクロ・ラーニング・コンテンツは新しい体系的な知識(たとえばSEOやWebマーケティングなど)を学ぶ際にまだまだ役立ちますが、たえずスキルのアップデートが求められる時代にますます重要性を帯びてくるのが、現場で必要な学びに特化した、10分以内ほどで消化できるマイクロ・ラーニング・コンテンツです注30。
このトレンドに沿って、マイクロ・ラーニング・コンテンツを社員教育に生かした、マイクロ・ラーニング・プラットフォームAxonifyの開発で有名なのが、eラーニング大手のアクソ二ファイ社です。Axonifyはアダプティブ・マイクロ・ラーニングの仕組みにより、個々の従業員が自分の必要と感じたそのときに、過去の学習履歴や評価を踏まえて従業員の知識レベルや学習ニーズに合った、3、4分で完結する明快なコンテンツ(ビデオ、テキスト、イメージなど)を提供します。また、継続的・効果的に学べるよう、コンテンツデリバリーのペースが適切にアレンジされ、知識の定着をはかります注31。
学習コンテンツは既存のものでも、社員自身が作成したものでも使えます(作成ツールも提供されています)。また、ヴァージン・パルス社のVirgin Pulseと同様に、達成度のスコアリングやご褒美システムなど、学習を楽しくするゲーミフィケーションの要素を取り入れているのも特徴です注31。
さらに、マネジャーには、部下の学習傾向や理解度、得意分野や弱点のアナリティクスが提供されるため、彼らへのコーチングのタイミングをプランニングしたりすることができます。加えて、部下が現場でどの程度知識の応用・実践ができているかをモニタリングしたり・学習の成果を企業にとっての意義と結びつけてレポートして、今後の学習デザインに生かすことも可能です注31。
社外人材用HRプラットフォーム発展の兆し
こうしたサービスはおもに社内人材に向けたものですが、バーシン氏によれば、人材のアウトソーシングが広がるにつれ、契約社員、フリーランス、リモート人材などの社外人材を正社員と同様のクオリティでマネジメントしようという動きも広まっています。
来年以降、そうした社外人材に対応したプロジェクトベースのHRプラットフォーム開発が盛んになり、彼らにとってベストなパフォーマンス向上やキャリアディベロップメントを支援するツールが発展していく見込みとのことです注32。
未来の人事部門とは
先に触れたように、HRテックの進化による、業務効率化・自動化・精密化や、データ・ドリブンな従業員中心のマネジメントは、人事部門自体のイノベーションと軌を一にしています。
バーシン氏の観察によれば、最前線の人事部門は、官僚主義的な書類仕事専門という古い体制から脱皮し、クリエイティブで、革新的で、実験を惜しまない、テック・サヴィーでデジタルな部門になろうとしているといいます。同氏の調査によれば、1000企業の人事部門のうち約三分の一が、そうした高次の成熟期に入っており、新しいマネジメント・モデルを主体的に探求し、HRテックの開発者に改善や修正の提案ができるほどのレベルにあります。
つまり、他部署や経営陣と密に連携した、企業戦略部門的な役割を備えつつあるということです注32。
上記で紹介したAirbnbやフォード社の新しい人事部門はそのよい例でしょう。Airbnbは「従業員経験部門」構築にあたり、マーケティング、コミュニケーション、不動産、社会貢献などの分野の知見や機能を人事機能と統合したそうです。
フォード社は、ビジネス戦略と人事戦略のアラインメントを前面に出しており、その実行ツールとしてのHRプラットフォームはIT部門との連携のもと、自社で開発しています注33。
バーシン氏は、このようなトレンドから、目下人事部門の管理下にあるピープル・データは今後ほかの部門と共有されるようになるとも予測しています。
企業は、ピープル・データを、売上や顧客データなど外部データも含めたビジネス・データと統合したかたちで管理・分析し、上層部が生産性向上や労働マネジメントなど総合的な経営意思決定の質向上に寄与することが期待されているからです注34(実際先に紹介したHRプラットフォームの数々はそうした体制を前提としています)。
デロイト社は、ピープル・データ分析を企業全体が行う時代に向けた部門横断的なチームワークフローを提案しています。同社によれば、他部署から成るシニアレベルのメンバーが、データ・ガバナンスやデータアナリティクス・チームを作り、人事部門のヘッドと、IT部門からのサポート体制を整え、そのうえで、チームから出た知見を各部門のマネジャーの課題解決のベースとして報告するというかたちが望ましいとのことです。
また、全社的なデータ教育プログラムを構築して部門を問わずデータリテラシーを向上させたりすることも肝要としています注35。
おわりに
日本の人事部門でも、HRテックが徐々に知られてきており、応募者と採用担当者のミスマッチを防ぐmitsucariや、採用管理を効率化するジョブオプ採用管理、パルス・サーベイでストレスチェックや社内トラブルをマネジメントするwevox、社員の健康管理に特化したFiNC For Business など、さまざまな国産プラットフォームも続々と登場しています。
ただ、そうしたサービスの目的として圧倒的に目立つのはテクノロジーの利用による管理業務の効率化や自動化です。
もちろん、人事部門の負担が減り、より高次の業務に集中できるのはすばらしいことです。
しかし、依然として新卒一括採用の継続や性別、年齢、職歴、勤務形態による待遇の圧倒的な差別化、過重労働の常態化など、固有の雇用・労働慣習がまだ根強く残るなか、人事部門が真に従業員中心の人材イノベーションを実行するのには、まだ道のりが遠いといえるかもしれません。
日本の場合、もっとも急務なのは、HRテック導入以前に、非人間的な雇用・労働慣習を改善し、従業員中心主義を企業に根づかせるための土壌をつくることではないでしょうか。
参考文献・参照サイト
注1: “The Most Active Investors in HR Tech in One Infographic.” CB Insights, 22, Dec 2016, https://www.cbinsights.com/research/hr-tech-top-investors/
注2: “Human Resources (HR) Software Market Forecast 2017-2022.” Market Analysis, Market Research Media, 29 May 2017, https://www.marketanalysis.com/?p=338
注3:Bersin, John. “HR Technology For 2018: Ten Disruptions Ahead.” Forbes, 2 Nov 2017, https://www.forbes.com/sites/joshbersin/2017/11/02/hr-technology-for-2018-ten-disruptions-ahead/#1875a9843b75
注4:“From Chatbots to Measuring the Lifetime Value of Employees: AI is Rapidly Augmenting HR.” The People Space , SDWorx, n.d., https://www.thepeoplespace.com/brand/articles/chatbots-measuring-lifetime-value-employees-ai-rapidly-augmenting-hr
注5: Spence, Andrew. “How Will Blockchain Impact HR?” Unleash, 19 Mar, 2017, http://www.unleashgroup.io/news/will-blockchain-impact-hr/
注6:“Ask Jeff: We Connect Our Ways.” Sky Betting and Gaming, Sky Betting and Gaming, n.d., https://skybetcareers.com/apply/ask-jeff
注7: Massey, Luke. “Sky Betting and Gaming Launches Industry first AI Chatbot.” SBC News, 10, Jan, 2017, https://sbcnews.co.uk/sportsbook/2017/01/10/sky-betting-gaming-launches-industry-first-recruitment-chatbot/
注8: “HireVue: Video Interview Software for Recruiting and Hiring.” HireVue, HireVue, n.d., https://www.hirevue.com/
注9: Feloni, Richard. “Consumer-Goods Giant Unilever Has been Hiring Employees Using Brain Games and Artificial Intelligence — and It’s a Huge Success.” Business Insider, 28 Jun 2017, http://www.businessinsider.com/unilever-artificial-intelligence-hiring-process-2017-6
注10: Avella, Joe and Richard Feloni. “We Tried the AI Software Companies like Goldman Sachs and Unilever Use to Analyze Job Applicants.” Business Insider, 29 Aug, 2017 http://www.businessinsider.com/hirevue-uses-ai-for-job-interview-applicants-goldman-sachs-unilever-2017-8
注11: “APII Launches World’s First Blockchain Career Verification Platform.” Onrec, 13 Nov, 2017, http://www.onrec.com/news/launch/appii-launches-world%E2%80%99s-first-blockchain-career-verification-platform
注12: “APPII: World’s First Blockchain Career Verification Platform.” APPII, APPII, n.d., https://appii.io/
注13: “What is Big Data and What is People Data?: Part3 of 6” OrgVue, 9 Sep, 2013, http://blog.orgvue.com/the-key-to-challenge-in-organisation-design-isnt-big-data-its-people-data-part-3/
注14: Bersin, Josh, Jason Flynn, Art Mazor, and Veronica Melian. “The Employee Experience: Culture, Engagement, and Beyond.” Deloitte Insights, 28 Feb 2017, https://www2.deloitte.com/insights/us/en/focus/human-capital-trends/2017/improving-the-employee-experience-culture-engagement.html
注15: “Glassdoor Job Search: Find the Job that Fits Your Life.”Glassdoor, Glassdoor, n.d., https://www.glassdoor.com/index.htm
注16: Meister, Jeanne. “The Future Of Work: Airbnb CHRO Becomes Chief Employee Experience Officer.” Forbes, 21 Jul ,2015, https://www.forbes.com/sites/jeannemeister/2015/07/21/the-future-of-work-airbnb-chro-becomes-chief-employee-experinece-officer/#6056f9674232
注17: “Airbnb Reviews.” Glassdoor, Glassdoor, n.d., https://www.glassdoor.com/Reviews/Airbnb-Reviews-E391850.htm
注18: Bersin, Josh. “Feedback Is The Killer App: A New Market and Management Model Emerges.” Forbes, 26 Aug 2015,https://www.forbes.com/sites/joshbersin/2015/08/26/employee-feedback-is-the-killer-app-a-new-market-emerges/#3e6b01745edf
注19: “Reflektive: Employee Performance Management Solutions.” Reflektive, Reflektive, n.d., https://www.reflektive.com/
注20: “Real-Time Feedback: Provide Effective Feedback.” Reflektive, Reflektive, n.d., https://www.reflektive.com/product/real-time-feedback/
注21: “Goal Management: Help Employees Achieve Their Goals.” Reflektive, Reflektive, n.d., https://www.reflektive.com/product/goal-management/
注22: “Check-Ins:Encourage Lightweight Conversations and Create a Culture of Agility and Development.” Reflektive, Reflektive, n.d., https://www.reflektive.com/product/check-ins/
注23: “Performance Reviews:Inspire Your Employees and Your Company.” Reflektive, Reflektive, n.d., https://www.reflektive.com/product/performance-reviews/
注24: “Reflektive Customers Transform HR across Industries with Real-Time Performance Management at Scale.” PR Newswire, 12 Dec, 2017, https://www.prnewswire.com/news-releases/reflektive-customers-transform-hr-across-industries-with-real-time-performance-management-at-scale-663640633.html
注25: “TrustVault.” TrustSphere, TrustSphere, n.d., https://www.trustsphere.com/trustvault/
注26: “LinksWithin.” TrustSphere, TrustSphere, n.d.,https://www.trustsphere.com/how-it-works/linkswithin/
注27: “TrustView.” TrustSphere, TrustSphere, n.d., https://www.trustsphere.com/how-it-works/trustview/
注28: “People Analytics.” TrustSphere, TrustSphere, n.d., https://www.trustsphere.com/people-analytics/
注29: “The Virgin Pulse Platform: Your People. Your Culture. Your Way.” Virgin Pulse, Virgin Pulse, n.d., https://www.virginpulse.com/en-gb/our-solutions/
注30: Bersin, Josh. “The Disruption of Digital Learning: Ten Things We Have Learned.” Josh Bersin, 27 Mar 2017, https://joshbersin.com/2017/03/the-disruption-of-digital-learning-ten-things-we-have-learned/
注31: “Modernize Corporate Learning.”Axonify, Axonify. n.d., https://axonify.com/modernizing-corporate-learning/
注32: Bersin, Josh. HR Technology Disruptions for 2018: Productivity, Design, and Intelligence Reign, Bersin by Deloitte, 2017,http://marketing.bersin.com/rs/976-LMP-699/images/HRTechDisruptions2018-Report-100517.pdf
注33: Kelly, Kathie. “4 Innovative HR Departments in 2016.” Spark, 24 Feb, 2017, https://www.adp.com/spark/articles/4-innovative-hr-departments-in-2016-8-171.aspx
注34: Bersin, Josh. “The Geeks Arrive In HR: People Analytics is Here.” Forbes, 1 Feb, 2015, https://www.forbes.com/sites/joshbersin/2015/02/01/geeks-arrive-in-hr-people-analytics-is-here/#3864062173b4
注35: Collins, Laurence, David R. Fineman, and Akio Tsuchida. “People Analytics: Recalculating the Route.” Deloitte Insights, 28 Feb 2017, https://www2.deloitte.com/insights/us/en/focus/human-capital-trends/2017/people-analytics-in-hr.html
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この記事を書いた人
- 松野まい
学術出版社にて書籍の編集企画に約5年間携わった後、大学院を経て、TUJにて講師となる。以来13年にわたり、海外・日本の学部生を対象とした、英語でのアカデミックライティングの基礎教育に尽力。目下、組織人としてのみならず個人としての新しい社会貢献の仕方を模索中。
M.Ed. in TESOL(Teaching English to Speakers of Other Languages)、Ph.D. in Education。翻訳書にノーム・チョムスキー著『お節介なアメリカ』(筑摩書房、2007年刊)がある。
Twitter: https://twitter.com/MymighTokyo