M&Aのリスクとデューデリジェンスとは?人事労務の留意点を社労士が解説!

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近年増加中のM&A リスクと人事労務対策を知ろう

「M&A(エムアンドエー)」という言葉は、もはやニュース等でも頻繁に耳にすることも多くなり、多くの人が聞いたことのあるワードではないでしょうか。
その言葉の浸透が示す通り近年のM&A件数の増加には目を見張るものがあります。

1990年代後半から増加しているM&Aは、「高齢化」「産業構造の成熟化」「ビジネスモデルの変化」「経済のグローバル化」などの社会的背景のもと、2017年時点では3000件もの規模の市場となっているというデータもあります。

中でも昨今の高齢化に伴う後継者問題は大変深刻であり、中小企業やベンチャー企業においてもM&Aが盛んに行われています。M&Aは、もはや新聞に載るような大企業だけの話ではないのです。

今回はこのM&A時の労務がどう関わってくるのかについて社労士が解説していきます。

M&Aとは?

headhunting

まず、そもそもM&Aとは?という基本をご説明します。

M&AとはMerger and Acquisitionの略であり、日本語にすれば「企業の合併と買収」ということになります。

M&Aといえば「会社が会社を買う」といったざっくりとしたイメージを持つ方が多いと思いますが、その手法だけでも合併、買収、会社分割、資本提携の4種類に分けられ、合併はさらに「新設合併」「吸収合併」、買収は「株式買収」「事業譲渡」に分かれるなど、その形態は実に様々です。

こうしたM&Aは、市場シェアの拡大、労働力の確保、海外拠点への進出、技術・ノウハウの獲得、後継者不在企業の救済などの課題を解決する手段として行われることが多くなっています。

M&A時の労務 ~労務デューデリジェンスとは?~

では、このM&Aにあたって、どう労務が関わってくるのでしょうか?
それを説明するにあたって、少し難しいですがM&A時のリスクを見ていきたいと思います。

M&Aのリスクについて語る際に外せないものとして、「善管注意義務」というものがあります。

善管注意義務とは

善管注意義務とは民法第644条に定められている義務で、「業務を委任された人の職業や専門家としての能力、社会的地位などから考えて通常期待される注意義務」のことです。

M&A時には取締役等の経営陣がその意思決定等を行っていくわけですが、その際に株主から「善管注意義務違反」として訴えられるケースがあります。わかりやすく言えば「M&A時に、当然取締役として期待される注意義務を果たさず株主に損害を与えた」として訴えられるケースがあるのです。

具体例としては、「アパマンショップ株主代表訴訟事件(最判平成22年7月15日)」というものがあります。

(概要)
不動産賃貸斡旋のフランチャイズ事業等を展開するアパマンショップホールディングスはグループ会社の組織再編を行うべく、3分の2の株式を有する子会社・株式会社アパマンショップマンスリー(非上場)を100%子会社化するために、その株式を株主から任意に購入した。
その後任意の購入に応じなかった株主に対しては株式交換を行ったが、その際の買い取り金額が査定や株式交換比率などから割り出される株式価格の約5倍もの金額であったことから、高値の購入によって会社に損害を与えたとしてアパマンショップホールディングスの株主が取締役に対し善管注意義務違反に基づく損害賠償を求めた。

この訴訟を簡単に言えば、「子会社化するにあたって株式買い取りに高額の費用をかけた(=会社に損害を与えた)企業の経営陣の経営判断は誤っており、取締役に通常期待される注意義務が不足していたのではないか?」と言われてしまったのです。

結果として、アパマンショップホールディングスの取締役はその責任を否定された(善管注意義務違反は「ない」と判断された)のですが、この際、最高裁では経営上の専門的判断については、

i. 決定の過程
ii. 決定の内容

の2点に著しく不合理な点がない場合には、取締役としての善管注意義務違反がないという審査基準を定立しました。

実際、決定に至る過程において、アパマンショップホールディングス及びその傘下のグループ企業各社の全般的な経営方針などを協議する機関である経営会議において検討され、弁護士の意見も聴取される手続きを踏まれていたことが影響し、「決定の過程に不合理な点が見当たらない」と判断されたのです。

逆にいえば、「決定の過程に十分な専門家の意見聴取及び検討を加えていなければ不合理と判断されていた」ということであり、M&Aにおいてもその決定の過程において、十分な審査及び検討が重要となるのです。

デューデリジェンスの重要性

デューデリジェンスの重要性

M&Aにおいては、決定の過程が重要であり十分な審査・検討を行うプロセスが必要となると上記で述べましたが、そのためにも「デューデリジェンス(Due Diligence)」というものが一般に行われます。

デューデリジェンスはM&Aを行うにあたって、対象となる企業の価値やリスクなどを調査することを指しますが、要は「きちんと審査した上で合理的な内容(買収価格)での取引なので、善管注意義務を果たしていますよ」というためのリスクヘッジのことです。

デューデリジェンスは法務、税務、財務、ビジネス、労務、人事などの各方面の専門家によって行われます。

労務デューデリジェンスとは

労務デューデリジェンスでは下記のようなポイントを中心に、売り手企業に潜む隠れ債務、法令違反等のリスクを洗い出し、買い取り価格に反映します。

  • 就業規則は揃っているか
  • 雇用契約書は締結されているか、法令違反はないか
  • 労使協定は締結されているか、法令違反はないか
  • 未払い賃金はないか
  • 退職給付債務はないか
  • 労働保険・社会保険の未加入はないか
  • 退職・解雇・懲戒・休職手続きに違法性はないか
  • その他各種労働関連法令違反及び訴訟リスクはないか(労働基準法、労働契約法、労働安全衛生法、高年齢雇用安定法、育児介護休業法、障害者雇用促進法、パートタイム労働法、労働者派遣法etc.)

人事デューデリジェンス

人事デューデリジェンスでは下記のようなポイントを中心に、売り手企業の定性的側面からリスク、特徴を洗い出します。

  • どのような企業理念、組織風土(社風)か
  • 採用実績はどうか、阻害要因はないか
  • リテンション・退職率はどうか、退職要因、退職者の特徴は何か
  • 人員の年齢構成、男女構成の現状及び予測
  • 人事制度(評価、報酬)の実態
  • 福利厚生の実態

労務デューデリジェンスの重要性 ~未払い賃金が見つかった!~

労務デューデリジェンスの重要性

ここで、デューデリジェンスがどのくらい重要なものか知っていただくために、少し事例を踏まえて試算してみます。

被買収企業(従業員500名)では基本給、住宅手当、別居手当を支給していますが、時間外手当は基本給のみを基礎にして計算しています。
※住宅手当は独身者と単身赴任者に3万円、既婚者に5万円支給
※別居手当は出張・赴任中の単身赴任者に支給
実は、住宅手当は、住宅の実際にかかる費用に関係なく一律独身(単身)・既婚という区分で支給されている場合には、時間外手当の基礎に算入しなければならず、時間外手当の基礎に入れていないと、その分時間外手当の単価が低く計算していることとなり、未払い賃金となってしまいます。
月給20万円、住宅手当5万円の従業員が平均30時間の残業をしていたとすると、本来の残業単価が1,563円×1.25であるのに対し、実際は1,250円×1.25で計算されていたことになり、1月1万1,738円の未払い賃金が発生していることとなります。
賃金債権の消滅時効が2年、従業員数が500人であることを考えると1憶4,086万円の簿外債務が発生していることとなり、この金額を買収価格に反映することとなります。
※時間単価(上記では月額給与÷(1日の所定労働時間(8時間とする)×営業日(20日)としています)の算出方法は会社のルールにより異なるので、上記は一例です。

このように、デューデリジェンスによって、場合によっては数億円の簿外債務が見つかることもあるのです。買う側としてみれば、このような事情が判明していなかったら知らずに未払い賃金リスクを抱えていることになり、大変危険です。

M&Aのリスクを洗い出すためにも適切なデューデリジェンスを

デューデリジェンスは売り手企業からの情報公開があってこそ進められるものであるため、買収時の関係性やその他の要因によって、上記のすべてを洗い出すことが難しい場合も往々にしてありますが、「法人としての善管注意義務を果たす」だけでなく「リスクを洗い出し必要な手を先に打っておく」という意味でも、M&Aには欠かせないものといえるでしょう。

M&Aはゴールではなくスタートです。折角実施したM&Aでも、人材流出や重大なリスクを抱えていれば、成長どころか停滞する可能性だってあるのです。

M&Aを検討されている場合は上記人事労務のポイントを抑え実施されることをお勧めします。

※M&Aの労務・人事デューデリジェンスについては、野中健次・請川博美 (著), 社会保険労務士法人野中事務所 (編集)(2018) 「M&Aの労務デューデリジェンス」中央経済社 に詳しく、本記事は同著書を参考に執筆いたしました。

【寺島戦略社会保険労務士事務所 書籍紹介】

2019年4月12日に「これだけは知っておきたい! スタートアップ・ベンチャー企業の労務管理――初めての従業員雇用からIPO準備期の労務コンプライアンスまで この一冊でやさしく理解できる!」が発売されます。

これだけは知っておきたい!スタートアップ・ベンチャー企業の労務管理

これだけは知っておきたい!スタートアップ・ベンチャー企業の労務管理

著者名
寺島有紀
出版社
アニモ出版
出版日
2019年4月12日
定価
1,800円(税別)

【本書の構成】
PART1◎ベンチャー企業の労務管理の全体像
「ベンチャー企業にとって労務管理はなぜ重要なのか」
PART2◎ステージ別/ベンチャー企業の労務管理
「会社がやらなければいけないことを知っておこう」
PART3◎ベンチャー企業の労務管理ケーススタディ
「どんな点に注意したらいいの? 早わかりQ&A」
PART4◎ベンチャー企業の海外進出の必須知識
「海外赴任者の労務管理で留意しておくべきこと」

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この記事を書いた人

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寺島 有紀

寺島戦略社会保険労務士事務所 所長 社会保険労務士。
一橋大学商学部 卒業。
新卒で楽天株式会社に入社後、社内規程策定、国内・海外子会社等へのローカライズ・適用などの内部統制業務や社内コンプライアンス教育等に従事。在職中に社会保険労務士国家試験に合格後、社会保険労務士事務所に勤務し、ベンチャー・中小企業から一部上場企業まで国内労働法改正対応や海外進出企業の労務アドバイザリー等に従事。
現在は、社会保険労務士としてベンチャー企業のIPO労務コンプライアンス対応から企業の海外進出労務体制構築等、国内・海外両面から幅広く人事労務コンサルティングを行っている。
2019年4月に、「これだけは知っておきたい! スタートアップ・ベンチャー企業の労務管理――初めての従業員雇用からIPO準備期の労務コンプライアンスまで この一冊でやさしく理解できる!」を上梓。

寺島戦略社会保険労務士事務所HP: https://www.terashima-sr.com/
2020年9月15日、「IPOをめざす起業のしかた・経営のポイント いちばん最初に読む本」(アニモ出版)が発売されました。
その他: 2020年7月3日に「Q&Aでわかる テレワークの労務・法務・情報セキュリティ」が発売されました。代表寺島は第1章労務パートを執筆しています。

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