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第11章「上位5%」の組織への到達、その涙のワケ

大澤亮

大澤亮

1972年、愛知県生まれ。早稲田大学時代に両親から留学に反対され、自腹で米国に留学(カリフォルニア州立大学サンバーナーディーノ校→ U.C.バークレー)
2009年、株式会社Piece to Peaceを創業し代表取締役に就任。2016年、プロ人材による課題解決事業“CARRY ME(キャリーミー)“を創業。

トヨタ自動車との契約は、キャリーミーが新たなステージに立ったことを社内外に示す象徴的な出来事となった。だが、私が経営者として本当に誇りたいのは、こうした実績とは別の場所にある。

つい先日、私たちは社員全員で合宿を行った。外部から著名な研修講師をお招きし、組織の状態を診断してもらったのだ。
合宿の終盤、講師は興奮した面持ちでアンケートの結果をスクリーンに映し出した。

「大澤さん、驚きました。皆さんの組織は、見事に『右上の領域』に固まっています」

株式会社原田教育研究所 研修資料
株式会社原田教育研究所 研修資料

株式会社原田教育研究所 研修資料より

それは、縦軸を「承認・認められている感覚」、横軸を「人間関係の良さ・安心感」としたグラフだった。キャリーミーのメンバー全員が「仕事が認められ、人間関係が良く、安心して働ける」という最も理想的な領域に集まっていたのだ。

「これほど美しい結果はそうそう見られません。これは私が見てきた中でも、間違いなく『上位5%』に入る素晴らしい組織ですよ」

社員たちから驚きと喜びのどよめきが起こる。私もその光景を誇らしい思いで見つめていた。

研修が終わり、講師と二人きりになった時、彼は私にこう尋ねた。

「大澤さん、これだけの組織をつくり上げるまでいろいろあったんじゃないですか。どれほど苦労されたんですか」

その一言に、私は不意に視界が滲みそうになるのをこらえなければならなかった。

「……ええ、本当に。涙が出そうですよ」

今の「上位5%」という光景からは誰も想像がつかないだろう。ほんの数年前、この組織が、私自身の過ちによって内部から崩壊しかけていた日のことなど。

ビジョンの影で崩れ落ちたチーム

その崩壊の引き金を引いたのはある一人の男の採用にさかのぼる。仮にA氏としよう。

彼は「役員候補」として応募してきた。大手人材会社出身、スポーツで全国大会を経験、役員一歩手前まで行ったという堂々たる経歴。面接での彼は応対も実にしっかりしており、私を含めた面接官全員が「素晴らしい人材だ」と高評価を与えた。

私たちは、大きな期待を込めて彼をマネージャーとして迎え入れた。だが、入社してわずか半年も経たないうちに、組織の至る所から不協和音が聞こえ始めた。

まず露呈したのは「業務上の問題」だった。プレゼンはそこそこできても、クライアントの課題を深く掘り下げる「きっちりとしたヒアリング」が全くできない。社員からは「クロージングができない」「売上利益に全く貢献していない」という声が上がり始めた。

次に表面化したのは「素行の問題」。彼は、私たちが敬意を払っているプロ人材の皆さんを平気で「呼び捨て」にした。派遣会社出身のクセなのかもしれないが、何度注意しても、その態度は改まらなかった。

さらに「嘘の問題」。これが彼の信頼性を根本から揺るがした。私には「バツイチだ」と話していたのに、他の社員には「実は離婚歴が5回ある」と吹聴していた。極め付けは「父親が大手家電メーカーの役員だ」という話だった。実際に検索するとそれらしい情報が出てきたため、当時の私はそれを信じてしまった。だが、次々と発覚する小さな嘘が彼の経歴そのものへの疑念を膨らませていった。

何よりも致命的だったのは「組織的な問題」だった。彼は上司である私を意図的に外し、自分の部下たちとクライアントだけが入ったLINEグループを作って、裏でやり取りをしていた。さらに、その部下たちに「こんな会社にいても未来はない」と会社の悪口を日常的に吹き込んでいたのだ。

古参の社員たちはすぐにその危険性に気づき、私に何度も忠告してくれた。

「大澤さん、あの人はおかしいです。何とか、組織から外れて貰った方が良い。解雇が難しければ何とか円満退職にでも・・・」と。

だが、私はその忠告を聞かなかった。「いや、彼にも良いところがあるから」と言って、私は彼をかばい続けてしまったのだ。一度「役員候補」として採用した自分の目を、私自身が信じたかったのかもしれない。

その結果は、最悪の形で突きつけられた。

突然の「メンバーを引き連れての4人同時退職」である。

ある日、A氏が会社に来なくなった。その数日後。彼が率いていた部署のメンバー全員から、一斉に手紙(退職届)が送られてきたのだ。

対話も議論もない。一方的な決別宣言だった。

私はビジョンを語ることに夢中になるあまり、社員たちの悲痛なまでの「忠告」に耳を傾けず、組織が内側から腐っていくのをただ傍観してしまった。
それは経営者である私自身の大きな失敗だった。

「聞く」ことから始まった、本当の組織づくり

部署が丸ごと消滅したオフィスの静寂は、私の心に深く突き刺さった。私はまず、残ってくれたメンバー全員の前に立ち、深く頭を下げた。「すべて、私の責任だ」と。

その上で、「ビジョンを語ることに夢中になるあまり、一番近くにいた皆の『忠告』に、本気で耳を傾けなかった。本当に、申し訳ない」と心の底から謝罪した。

その日、私はこの最大の失敗から得た教訓を全社員に誓った。

まずは「上司であっても、間違っていることには『NO』と言おう。正しいことであれば徹底的に議論しよう」という、新しいフィロソフィーを打ち出した。私のような経営者の独善で、現場の声を圧殺する組織にしてはいけない。

もう一つは、私自身の甘さとの決別だ。私は元来「性善説」で人を見る。だが、それがいかに危ういかを学んだ。「組織のルールは性悪説」で作らなければならない。ただし、その「運用は性善説」で行う。このバランスこそが組織を守るのだと。

崩壊したチームの中で、それでも会社に残ってくれたメンバーがいた。彼らは私にこう言ってくれた。

「私たちはビジョンを信じているから残ります。大澤さん、もう一度やり直しましょう」

その言葉にどれだけ救われただろう。

当時まだ20代半ばだった彼らは2025年9月、一人は執行役員に、もう一人は部長へと昇進を果たした。給与も当時の倍近くになっている。

これは決して、苦しい時期を支えてくれたことへの単なる「恩情」ではない。年齢や学歴に関係なく、逃げずに成果を出した人間を正当に評価する。それは、私たちが世の中に提唱している「プロ人材」の世界観そのものだ。

プロスポーツ選手が実力のみで評価されるように、ビジネスの世界もそうあるべきだ。彼らの抜擢は、私たちが目指す「真の実力主義」が組織の血肉として定着したことの、何よりの証明なのである。

あの合宿で講師が示した「上位5%」という美しいグラフ。それは決して順風満帆な航海の末に辿り着いたものではない。数年前、私自身の過ちが招いたあの崩壊の涙と、それでも信じて残ってくれた仲間の言葉の上に今のキャリーミーは成り立っているのだ。

講師の言葉に思わずこみ上げたあの涙は、現在の成功を喜ぶ涙であると同時に、あの時、聞くことのできなかった声への懺悔と、残ってくれた仲間への深い感謝の涙でもあったのだ。

編集協力・木村公洋