起業・パラレルキャリア物語

アクアビット航海記「ある起業物語」 vol.33~途方に暮れる家の処分

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みなさん、こんにちは。合同会社アクアビットの長井と申します。昨年の8月からCARRY MEさんに連載している「アクアビット航海記『ある起業物語』」の第33回です。前回から家の処分について語っています。この経験は私をとても強くしてくれましたが、この時はまだ途方に暮れていました。作:長井、監修:妻でお送りします。

家にはまだ問題がありました

家をどうするのか。それが私と妻に突き付けられた現実です。

その現実は、何をおいても変わりようがありません。ところが、私も妻も何をどう進めればよいのか、まったくわかっていませんでした。

前回の連載で家を処分した大きな理由が地代が支払えなくなるためと書きました。もちろん、家を処分した理由はそれだけではありません。地代さえ支払っていれば、家に住み続けてもよい。そう思えない理由が他にもあったのです。

前回、家が抱える問題点を何点か挙げました。しかし、その中で書かなかったことが2つあります。一つは、我が家に対する風当たりの強さです。わが家の敷地が市の都市計画の中で拡張される道路に含まれていたことは書きました。その道路のあちこちには拡張予定であることを示すための柵が並んでいました。そしてその柵はわが家の庭の手前で止まっていました。つまり、何も知らない人からは、まるでわが家が道路拡張を邪魔する元凶に見えるのです。そのため、わが家は世間の風当たりにさらされていました。庭に嫌がらせのゴミを放り込まれたり、罵声を浴びることさえありました。

もう一つは、平成7年に妻の祖父母がなくなった後、妻の母が診療室部分を改築しようとしたことです。診療室を一新するにあたり、妻の母は業者に依頼して既存の診療室の内装をすべて取り払ってもらいました。そのため、診療室は見るも無残な状態になってしまいました。打ちっぱなしのコンクリート、地がむき出しになった床。埃っぽい室内には、歯科器具が乱雑に置かれ、数台の歯科ユニットが無言でたたずむ。私が初めて見た時点でこの場所は診療室ではなくただの廃虚でした。本来ならば、妻の母がこの部屋を一新し、診療室として新たな命を与えるはずだったのです。ところが、妻の母が平成9年に亡くなったことで、この場所がかつての栄華を取り戻すことは二度となくなりました。

かつての診療室にはよどんだ空気が漂っていました。かつての栄華を知らない私には、もはやこの部屋は死んだも同然でした。二度と生き返ることのない部屋。その部屋を生き返らせることができるのは、かつての生き生きとした姿を知っている妻や妻の父でしたが、妻の父が徒歩数分の場所で歯科診療室を開き、そこで妻と妻の父が診療を行っている以上、この死んだ診療室を新たに生まれ変わらせる理由はありません。

そう、地代を払う払わないを議論する以前に、この家はすでに息の根を止められていたのです。たとえ地代を払い続けたとしても、家が拡張予定の道路の一部である事実は動きません。そして、護るべき家の一部はすでに廃虚と化していたのです。

家の問題に途方に暮れる

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家を巡る現実が変わらない以上、私と妻はそれを踏まえた対応を考えなければなりません。私と妻がこの時取りうる選択肢が何だったのか。それを現在の私が挙げてみます。

1案:毎年275万の地代を妻に遺された遺産から4年間地主に払い続け、尽きたらその時に考える。
2案:毎年275万の地代を賄えるだけの額を稼ぎ続け、ずっと地主に払い続ける。
3案:地代契約を見直すための交渉に持ち込み、現実的な地代に変えてもらった上で地代を支払い続ける。
4案:土地を地主から買い取り、土地も含めて所有する。その後で町田市との交渉に入る。
5案:地主と協力して町田市との交渉に臨み、先に拡張道路分を町田市に売却する。残りの140坪はそこから地主との再交渉に臨む。
6案:道路拡張分の売却と同時に、140坪分の借地権を地主に売却する。
7案:借地権を第三者に売却し、その売却益で新たに家を得る。

私がまずやろうとしたのは、弁護士の先生に相談することでした。どういうつてだったのかはまったく覚えていませんが、妻と一緒に麹町に行き、弁護士の先生に相談したのです。相談したのは、地主との借地権契約は法的に有効なのか、そして有効だとすればこの借地権契約を元にどう話を進ればよいか、だったと思います。

ところが、私と妻の目論見通りには行きません。良い回答はいただけませんでした。借地権契約は毎年の支払い実績がある以上は有効。そして、借地権契約の原本がなくその経緯がわからない以上、弁護士としても再交渉の手がかりがつかめないという回答でした。

この弁護士さんにお会いしたのは、まだ結婚して1、2年目の頃だった思います。私たち夫婦はこの後も数年にわたり、多くの士業の方にお会いします。ところが、その方々の見解も一様に同じでした。なお、この弁護士さんのお名前や事務所は覚えていませんが、その通りの様子は覚えています。その場所は、昨年秋まで私が常駐していた開発現場の近くでした。いま、あらためてその時のことを思い出しました。

私も妻も、それまでの人生で士業の方とは無縁でした。そのため、私にも妻にも知識がありません。どの弁護士に相談すればよいのかもわからない。上に挙げた7案が正しいのかもわからない。そもそも、上に挙げた7案を相談する先として弁護士が相応しいのかすらも。まさに五里霧中とは、その時の私と妻の状態のことでした。

“起業”した現在なら、こう言えます。やるべき作業、向かうべきゴールが見えている作業は楽だと。何を行なえばよいか、どこに進めばよいかがわからない仕事ほど苦しいものはないと。

覚束ない足取りで家の問題に向き合う

ここで上の7案について、現在の私からツッコミを入れてみます。

1案:毎年275万の地代を妻に遺された遺産から四年間地主に払い続け、尽きたらその時に考える。
  ↑ありえない。と、切り捨てたいところですが、私と結婚した時点で妻の家はずるずるなし崩しでこの案を絶賛採用中でした。

2案:毎年275万の地代を賄えるだけの額を稼ぎ続け、ずっと地主に払い続ける。
  ↑結婚当初の思惑どおり夫婦で働いていればあるいは、の案。でも、妻が子育てに入ってしまい、当時の私にはそれだけの実力がなかった。これは現在の私が当時の私に喝! を入れたいところ。

3案:地代契約を見直すための交渉に持ち込み、現実的な地代に変えてもらった上で地代を支払い続ける。
  ↑契約の根拠が見当たらず、それでいて支払い実績があるという弁護士の見解からもムリ目な案。

4案:土地を地主から買い取り、土地も含めて所有する。その後で町田市との交渉に入る。
  ↑180坪の地代を買えるだけの資金がない以上、当時は机上の空論。ですが、本来は一番理想の案。そして現在の私はたとえ数十年遅れようともこの案を実現させるのが目標です。

5案:地主と協力して町田市との交渉に臨み、先に拡張道路分を町田市に売却する。残りの140坪はそこから地主との再交渉に臨む。
  ↑一番堅実に見えるが、そのぶん難儀な案。こちらに一切の思惑を読ませまいとする地主と私の間に毎回無言の火花が散っていました。

6案:道路拡張分の売却と同時に、140坪分の借地権を地主に売却する。
  ↑表面だけをいえば、最終的にこの案に落ち着きました。ですが、当時はこの案が一番難儀に思えました。とうていこの案で落とし込めないだろうというのが、当時の私の肚づもりだったように思います。

7案:借地権を第三者に売却し、その売却益で新たに家を得る。
  ↑この案は魅力的でした。実際、私たち夫婦には第三者の心当たりがあったので。ところが、この案はあとで書きますが頓挫します。

ここ数回の連載で書いた通り、私と妻の結婚生活には最初からさまざまな出来事がありました。

妻が子を産めないかもと告げられ、妊娠してからも強盗に襲われて切迫流産の危機に瀕し、妻は大学病院を静養のため休み、私は正社員に登用され。そして、長女が生まれてからは子育てに忙しい日々が始まり。結局、娘が生まれてから2年ほどは、家の現状を把握するのが精一杯でした。私も年末に地主のところに訪れては、地代を手渡し、領収書を受け取り、雑談に過ごしていました。決して内心の苦境を表さず、ポーカーフェースを保って。

ところが、私もただ無策で過ごしていたわけはありません。この頃から次の一手を探り始めます。この時、うちら夫婦を助けてくれたお二方がいます。次回でご紹介したいと思います。ゆるく永くお願いします。

この記事を書いた人

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アクアビット長井

合同会社アクアビットの代表社員としてIT業界におります。kintoneエバンジェリストでもあります。独学の人生です。 旅行、読書、スポーツ、酒、音楽・映画、その他趣味嗜好は広く浅く持っています。
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