起業・パラレルキャリア物語

アクアビット航海記「ある起業物語」 vol.30〜子を持つ責任の芽生え

護摩焚き

みなさん、こんにちは。合同会社アクアビットの長井と申します。昨年の8月からCARRY MEさんに連載している「アクアビット航海記『ある起業物語』」の第30回です。今回は、子どもをつくり、妻子をまもり、子どもの誕生を見守る。それらの出来事が私をどう変えたのかを語ってみます。作:長井、監修:妻でお送りします。

子どもをつくる決断

前回、過去の私を呼んでインタビューに応じてもらいました。過去の私は薄れゆく記憶をたぐり寄せ、なぜ正社員になったのかを語ってくれました。怪しい関西弁で。彼は、正社員になったのは子どもができたから、と言ってました。

今回は、そのあたりの事情をもう少しつまびらかに語ってみます。

子どもをつくる。結婚したら、意識しないわけにはいきません。それなのに私は、結婚するまでは子を持つことを深く考えていませんでした。結婚前も、結婚した後さえも。

3、4年は夫婦で海外などを旅し、存分に見聞を広め、子どもはそれから、とのんきに考えていました。妻にしても、当時属していた大学病院から矯正歯科医の認定医資格を取らねばなりません。産休を取れば資格取得は大幅に遅れます。ましてや休職などは論外。つまり、夫婦ともに子どもをつくる選択肢は考えの外だったのです。

ところが、妻の下腹部より生理でもないのに出血があったことで、うちら夫婦の人生設計に狂いが生じます。妻が産婦人科で聞いた診断結果。それはもう衝撃でした。左右の卵巣が嚢腫だったのです。右がチョコレート嚢腫、左が卵巣嚢腫。さらに、子宮内膜症と子宮筋腫まで発症してまして。つまり、子どもができにくい身体、と。

私がその診断結果を聞いたのは、妻からの電話でした。大泣きする妻を慰めつつ、私も動揺を押さえ切れませんでした。私はその電話を受けたとき、ちょうど辻堂にある密教寺院での護摩焚きに招かれ、向かっている途中でした。人生で初めて経験する護摩焚き。目の前の護摩壇では護摩木が投じられ、火炎が燃え盛ります。火炎を見つめつつ、貫主が唱える真言を聞きつつ、私が妻の体の快癒を祈ったことは言うまでもないでしょう。

妻に4つの診断が下ってからというもの、私たち夫婦は悠々自適プランどころではなくなりました。ただでさえ乏しい妊娠の可能性は時間がたつにつれ、さらに減っていくからです。

宿った子どもと妻に危機が襲う

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数カ月後、ありがたいことに、妻のおなかに新たな命が宿りました。

その兆しは、2000年5月の連休前からすでにありました。横浜天王町のバーで、妻が体調を崩したのです。さらに、連休に夫婦で訪れたハウステンボスでつわりがはっきりし始めます。ハウステンボス内にあるバーで飲んだジントニックも、妻が好きな杏仁豆腐味のカクテルも、味が違うという妻。ところが、ホテルの朝食のオレンジジュースはおいしいと何杯もおかわりし、レストランのチーズリゾットにはまってモリモリと食べています。明らかに味覚が変わったのです。ハウステンボスの翌日は、大浦天主堂や野母崎を訪れました。野母崎で見かけた家々にひるがえっていた鯉のぼりがとても印象に残っています。

ハウステンボスの旅から帰った日、妊娠検査薬に陽性反応があらわれます。つまりオメデタ。翌日には義父や義弟と一緒に横浜でお祝いの会をもちまして。ところがその翌々日、オメデタの喜びにひたる私たち夫婦に新たな苦難が襲いかかります。その苦難は強盗に姿を変えてやってきました。

連載第25回でも触れたとおり、私たち夫婦が住んでいたのは町田の中心地にある180坪の土地。しかも裏の家は、普段誰も住んでおらず、中庭にはうっそうと木々が茂っています。怪しからぬ輩にとっては忍び込むのにうってつけのお宝物件。

妻が強盗に遭遇したのは、我が家の敷地内でした。強盗は妻に見つかるや、刃物を振るおうとしました。よりによって繊細な妊娠初期の妻にです。それによって妻は切迫流産になりました。こう書くと、その時おまえは何をしとったんや!? と言われるので、詳しく事情を説明しておきます。

当時、私たち夫婦は車を持っていませんでした。車は毎回義父に借りていました。そして、妻の父は私たちの家から徒歩数分のところに住んでいました。この日、二人で映画(ファンタジア2000とポケモン)を観に行った私たち。帰宅し、妻を家の前で降ろし、私は義父の家に車を返しに向かいます。事件はその直後に起こりました。当時、鉄筋3階建てのわが家は玄関が2階にありました。車を降りた妻が玄関口へと登ってゆくと、庭を見下せます。妻の視界に映ったのはそこに潜む怪しげな賊。妻はダレ? と問い詰め、それと同時に実家へSOSの電話をかけます。そして、逃げようとする賊を確保しようと動きます。そんな妻の動きを見て、そうはさせじと賊が向かってきます。

ちょうどその時、何も知らない私は義父の家に着きました。そこで私は、血相を変えて飛び出してくる義父と義弟に鉢合わせます。車を止めた私は2人を追って家へ。家の前の道路では刃物を振り回す強盗と、それに対峙する義弟。義弟は空手を習っており、すぐに強盗を取り押さえました。ほどなくやってきた刑事に強盗を引き渡し、無事に御用となりました。

ところが、それで一件落着とはいかないのです。私たちはパトカーで町田署まで連れていかれ、取り調べ室で事情聴取に臨みます。パトカーに乗るのも取り調べ室に入るのも初めて。そもそも、夫婦にとって妊娠自体が初めて。慣れぬ私たちにとって、特に妻にとっては朝まで続いた取り調べがきつかった。妻は、この時の疲労とショックからストレスで切迫流産を起こしてしまうのです。

結果、妻は1カ月以上にわたって実家での静養を余儀なくされます。切迫流産とは、流産には至らないけど流産寸前の状態です。大学病院への出勤などもってのほか。問答無用でドクターストップです。

前回、前々回で私に正社員の話が来た、と書きました。それはちょうどこの事件が起こり、妻の静養期間が終わるか終わったかの頃でした。

強盗騒ぎの間、私自身の対応に非難されるべき点はないはず。ですが結果としては、私は義弟に賊の逮捕の手柄を譲ることになりました。本来であれば夫である私が強盗を退治しなければなりません。なのにここで妻を守れなかったことで、私は自分自身に対しての面目を大きく損ねましたこんなんやあかん、自分も成長しなければ! 妻と子どもを守らなければ!

私が正社員の話を受けた背景には、このようなできごとがあったのです。

ちなみに後日談を。この強盗はなんと無罪放免になりました。なぜなら障がい者手帳を持っており、生活保護を受けていたからです。はるばる愛川町のあたりから夜の荒稼ぎに来るだけの元気があったにもかかわらず。検事の判断か何かで送検されず、強盗は再び世に放たれたのです。私はその事を後日、町田署のK刑事から教えてもらいました。この時のやるせなさといったら! 結果として娘が無事に産まれたからよかったものの、もし何かあったら私はこの犯人を決して許さなかったでしょうし、社会福祉のあり方にも疑念を持ち続けたでしょう。私は弱者には手を差し伸べるべきと思いますが、弱者がすなわち無条件に善だとは思いません。現在もなお。それはこの時の経験が大きい。この事件は私に残っていた青い理想主義を大きく傷つけました

苦難を乗り越え生まれた命

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この出来事があって、私は正社員になりました。切迫流産の危険が去った妻は大学病院へと戻ります。

無事に妻のおなかの中にしがみつき抜いた娘(野母崎で見かけた鯉のぼりは息子の予兆ではなかったようです)は、順調に成長していきます。私も妊娠中のママさん達の集まりに単身で参加し、男一匹、ヒーヒーフーとラマーズ法のハ行三段活用を一緒に唱えます。つわりに苦しむ妻に寄り添ったり、夜中に妻にお願いされたものを買いに行ったりもしました。なお、本稿は妻の事前検閲を通過していますので書いてあるのはホントのことですよ。

2000年12月28日。娘が誕生。2日にわたる難産で、私も立ち会いました。

産まれた瞬間。それはもう、感動以外言い表せません。ただでさえ荘厳な出産。それに加えて娘の場合、四重の婦人科系の疾患と、強盗に襲われ切迫流産の危機を乗り越えて生まれてきたのですから。出産直後の異様に長い頭や、毛が生えていないことや、歯がないことに動揺した私が口走ったあらゆる言葉はもう時効を迎えているはず。もう17年がたったことだし。ね?

子供ができてから産まれるまでの一連の出来事。これは、私に大人の自覚を備えさせました。それまでに持っていた自覚とは、私が心の中で作り上げただけのもの。思いが揺らげば覚悟も揺れる、いわば根無し草のようなもの。ところが子が産まれる奇跡とは、私の思念などを超越しています。私にはまだ身につけるべきものがある。知らなければならないことがある。その中には事情があって子を持てない夫婦への配慮も含みます。私たち夫婦も子を持てなかった可能性が高かったからなおさら。

ともかく、この頃の私に起業という選択肢はみじんもありませんでした。それどころか、状況さえ許せば、私はこのまま勤め人であり続けたかもしれません。すべてが無問題ならば。ところがそうはうまくいかないのが人生。私が結婚によって抱え込んでしまった責任。それが私にさらなる困難をもたらすのです。その困難とは家。連載第25回でも書いた通り、私たちが住まっていた家の問題が、私の行く末を揺さぶるのです。

次回は家の問題を語る前に、初めてホームページを作った話を書いておきます。ゆるく長くお願いします。

この記事を書いた人

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アクアビット長井

合同会社アクアビットの代表社員としてIT業界におります。kintoneエバンジェリストでもあります。独学の人生です。 旅行、読書、スポーツ、酒、音楽・映画、その他趣味嗜好は広く浅く持っています。
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