起業・パラレルキャリア物語

アクアビット航海記「ある起業物語」 vol.23〜スーパーバイザーとして働く

CA3C0255

あけましておめでとうございます。合同会社アクアビットの長井と申します。昨年の8月からCARRY MEさんに連載している「アクアビット航海記『ある起業物語』」の第23回です。今回は、カスタマーセンターでスーパーバイザーとして働いた時のことを書いています。

私が働いたスカパーのカスタマーセンター

私の記憶では、スカパーのカスタマーセンターに初めて出勤したのは1999年の5月連休明けからだったと思います。当時、スカパーのカスタマーセンターは横浜の天王町にありました。横浜ビジネスパーク(YBP)という場所です。マリオ・ベリーニという建築家によるおしゃれで憩える池があり、よくプロモーションビデオにも登場していました。私も一度ロケの現場に遭遇したことがありますし、いま思い出してもとても素晴らしい環境だったと思います。

ところが私の眼には、YBPの洗練された景色があまり焼き付いていません。それは、仕事が激務だったからではありません。それよりも、東京に出て仕事をすることへの高揚感と緊張感に胸ふさがれていたからだと思います。当初は一人暮らしの気楽さと孤独を満喫していたとはいえ、いざ就職となると雑務は重なるものです。さらに仕事上で覚えるべきことがあまりにも多かった。つまり、余裕がなかったのです。

スカパーのカスタマーセンター。そこはスカパーの加入者様との窓口全般を行なう場でした。私が配属されたのは種々の申込書の新規登録を行なう「登録チーム」でした。当時はまだ郵送経由による申込書がほとんどで、その申込書を何人ものオペレーターさんが一斉に端末に入力していました。私はそのオペレーターさんを統括するスーパーバイザー(SV)として採用されたのです。SVという仕事が具体的に何をするかといえば、オペレーターさんが入力するにあたり、申込書に記載してある内容が不明瞭で判断に迷った場合に適切に指示すること。あと、作業の割り振りやペース配分、作業の指示なども臨機応変に行ないます。登録チームにはマネージャーN氏が一人、SVをたばねるMさんが一人、それとSVが私を含めて5名だったと思います。カスタマーセンターにあるのは「登録チーム」だけではありません。例えば、届いた郵送物を仕分ける「受付チーム」もあれば、実際に申込書の内容が新規申し込みするためには条件が満たされていなかった場合にお客様に不備として指摘する「不備チーム」もあります。他にも契約内容の変更を受け付ける「変更チーム」もありましたし。それと実際の外部配送業者とやりとりする「物流チーム」も忘れてはいけません。そして、最後にそれらをまとめる「運用サポートチーム」がありました。そういったチームとの連携も求められたのです。

カスタマーセンターの機能はそれだけに限りません。例えば、加入者様からの電話を受けつけるコールセンターの機能が要りますよね。他にも機器の設置に関するトラブルを管轄する部署や、電気屋さんなどスカパー契約を取り次いでくださる加盟店との連携を司る部署だって必要です。要するにカスタマーセンターに求められるあらゆる機能が集まっていたのです。あまりにも業務が多岐にわたるため、それを請け負う派遣会社も3、4社に分かれるほど。私が派遣登録したパソナソフトバンクという会社はその中の一社でした。名前の通り、その会社は人材派遣大手のパソナと孫さんのソフトバンクが資本に大きく関わっていました。そして、パソナソフトバンクがスカパーのカスタマーセンターで請け負っていたのが「受付」「登録」「不備」「変更」「物流」「運用サポート」の各業務だったのです。

そんな大規模な現場で、SVとして覚えるべきことは多く、新たな環境をゆっくり楽しむ暇もありません。そして、私がようやく仕事に慣れた頃にはYBPの景色自体を見飽きていました。そんな理由で、現在に至るまで私にはせっかくの素晴らしい環境も脳に焼き付いていないのです。いまでも数年に一度はYBPの近くに行きますが、今度、近くを通った際はじっくりと訪れてみたいですね。先日もFacebookで当時の私がスルーしていたカニ料理店の存在を教わったばかりだし。

楽しかった登録チームでの日々

party-1458869_640

さて、事務仕事の要所を知り尽くしていたわけでもなければ、衛星放送の仕組みや業界も知らない私。当然ながら新規登録にあたっての入力ルールも現場に入ってから覚えていきました。当初はとても危なっかしいSVだったことでしょう。入って2カ月は同僚の女性SVのSさんによく怒鳴られました。それだけでなく、私が職場に溶け込むにあたっての苦労は他にいろいろとあったはず。それでも私はこの仕事をやめずに続けました。それどころか、登録チームでの日々にはとても楽しかった思い出だけが残っているのです。

この文章を書いている私は既に40過ぎ。40代半ばに向けてイタく絶賛老化中です。なので自分でこんなことを書くのは面映ゆいし、若い頃の武勇伝を語るイタイオヤジのようで避けたい。避けたいのですが書きます。登録チームでの私は、これまでの生涯でもモテ期のピークだった、と。登録チームのオペレーターさんはシフト制でした。毎日40人くらいのオペレーターさんが作業に従事していてそのうち7割は女性だったように思います。見知らぬ土地に飛び込み、見知らぬ方ばかりの中で仕事にあたる。そんな私の姿はオペレーターさんたちにも新鮮だったようです。関西弁で作業の指示をすることも目立ったかもしれません。当時の私は25、6才の若手SV。しかも、既に婚約していたため薬指には指輪をはめています。それは私がガツガツしておらず、声をかけられたからといって勘違いしないことを示します。そのため、女性からも気軽に声を掛けやすかったのでしょう。オペレーターさんとはよく飲みに行きました。ほとんどは男性オペレーターさんとばかりでしたが、中には女性オペレーターの飲み会に私だけ呼ばれることもありました。オペレーターさんの中には主婦もいましたが、大学生や短大生の女の子もたくさんいたのです。

でも、過ちは起こしませんでした。私は結婚を控えていましたし。でも、私が勘違いする輩だったらあるいは過ちを起こしていたかもしれません。この頃の私が好調だからと一線を越えなかったのはいま振り返ってもえらいと思います。話はそれますが、私がこれまでに人生を台無しにするほどの失敗をせずに来られたのは、肝心な時に分相応をわきまえてきたためだと思っています。どれだけ羽目を外しても、決定的に人を傷つけずに踏みとどまること。これはとても大切なことだと思います。念のために言うと、私は聖人君子とは程遠いです。この頃の私は未熟に加えて若さも兼ね備えていて、しょっちゅう羽目を外していました。たとえば横浜西口の界隈では何度も人事不省に陥りましたし、オペレーターさんたちの前でSVらしからぬ醜態をさらすことも数知れず。オペレーターさんたちの前で植え込みへとダイブしたり、あれやこれや。なにせ失うものは何もない独り暮らし。しがらみもなければ体裁を取り繕う必要もない日々。過ちも思い出もあれもこれも含めて登録チームでの半年はとても幸せな日々でした。現在も懐かしく思い出します。

ここでつかんだ技術者としての足掛かり

3239910428_4c4c757df8_o

そんな登録チームでの日々の仕事で、私は技術者となるための最初の足がかりをつかみます。それは集計の作業がきっかけでした。SVの仕事の一つにチームの状況を把握し、「運用サポートチーム」に報告する作業がありました。件数の集計は状況の把握に欠かせません。例えば、その日登録された申込書は何枚あり、それがどの種類の申し込みかを集計する作業がそうです。具体的には、各SVが手分けしてその日に作業した申込書の枚数を数え、それをエクセルのシートに入力する。そして入力した内容を印刷し、翌朝までに運用サポートチームの集計担当に提出する。これらの作業は翌朝のスカパーさんの朝会に報告するため絶対に必要で、しかも面倒だったのです。

エクセルに誤った数字を入れては運用サポートチームの集計担当に怒られる。そんなことが続いたある日、私は登録チームのSVのミーティングの場か何かで提案しました。もしくは直接シニアSVのMさんに提案したか。きっかけはどちらか忘れましたが、私がした提案とはエクセルへの入力の仕組みを省力化してはどうかというものでした。その仕組みは私が作るから、と。

その仕組みとは、いま思えばたわいないものでした。月の各日ごとに行が連なる横罫の表。1月ならば見だしに1行、各日ごとに31行、そして合計行に1行。どこにでもある月単位の集計表です。その表へ直接入力していた作業が間違いのもとでした。そこで私が施したのは、表に直接入力するのではなく入力用のシートを作ることです。SVは入力シートにそれぞれごとの件数を入れ、ボタンを押します。そのボタンにはマクロを仕込まれていて、マクロが横罫の表に正確な値を放り込んでくれるのです。

この仕組みこそ、私が芦屋市役所の人事課で覚えたマクロを思い出しながら作ったものです。芦屋市役所を1997年の10月に離れてから1年半。その間、私はマクロをまったく使っていませんでした。以前にも書いた通り、その頃の私はプログラミングに興味がなかったので。ところが私が作った集計表は、登録チームの業後の作業を短縮し、ミスも劇的に減らしたのです。こう書くと、さぞや話を盛っているかのように思われるでしょうが、多分当時のSVの方に聞いても同じ答えが返ってくると思います。そして、私が申し出て作ったこのマクロが私に道を開きます。その道は統括部門である運用サポートチームに続いていました。

次回は、運用サポートチームに異動してからの私と、結婚について少し触れたいと思います。ゆるく永くお願いします。

この記事を書いた人

長井さんプロフィール画像
アクアビット長井

合同会社アクアビットの代表社員としてIT業界におります。kintoneエバンジェリストでもあります。独学の人生です。 旅行、読書、スポーツ、酒、音楽・映画、その他趣味嗜好は広く浅く持っています。
【URL】 http://www.akvabit.jp
【Facebook】
        個人 https://www.facebook.com/YoshikazuNagai.akv
        法人 https://www.facebook.com/akvabit
【Twitter】
        個人 https://twitter.com/akvabit
        法人 https://twitter.com/akvabit_llc

関連記事もご覧ください